フィリップ シーモア ホフマン
末下りょう
すべての人の死を、ぼくは悲しめない
毎朝、挨拶したり、一緒に食事をしたり
セックスをした相手の死すら悲しめないこともある
フィリップ シーモア ホフマン
ぼくはスクリーンのなか、
何者かを演じるきみしか知らない
もちろん一度も会ったことなどない
マグノリア、リプリー、カポーティ
25時、ダウト、その土曜日,7時58分
ブギーナイト、M:i:3、
セント,オブ,ウーマン
椅子に座り、頬杖をつき
手のひらで髪を撫でつけ、
少年と貴族が共棲するような眼で、
遠くも近くも見ていないような眼差しを据えて
微笑む、その釣りあがる 口角
或いは簡単に、あっさり、
もっともらしく
イメージをすり替える
セリフ、アクセント
ぼくはいつもすべてを台無しにしたいと思っている
そうゆうものに惹かれている
浴室、ヘロイン、注射器、
8つのグラシン紙、
濡れた腕に刺さった針
きみはアカデミー賞なんてものを受けながら、
ヘロイン中毒で死んだ 、
朝、子供を迎えに行かずに
死んだ
フィリップ、
ぼくはきみを責めたりしない
それは、はずかしいことだ
きみはぼくの肉眼がみるはずのないものをきみの肉眼からみせてくれて、
今、行ったこともない街を懐かしんでいる
きみはよく自転車に乗って子供を学校に送っていたという
(もし誰かが恋人と別れたなら、世界は彼のために動くのをやめるべきだ。
もし誰かがこの世から消えたなら、やはり世界は動くのをやめるべきだ)
フィリップ、
きみの演技はぼくの人生より繊細で、美しかった
ぼくは、きみに会えてよかった
幾人ものフィリップ シーモア ホフマンが、
丸い背中を向けて、腕組みしている
遠くでも、近くでもなく