チンジャオロースにさようなら
うめバア



11時50分きっかりに
私は事務所を出て
お弁当を買いに出かけます。
12時になってからではだめです。
混雑するから、いけないのです。

今日は、チンジャオロース弁当が食べたいです。
気のきいているお弁当屋さんは
お弁当と一緒に、お茶やコーヒーも売っています。
かゆいところに手がとどく、という言葉の
意味を説明するのに、ちょうど良いですね。
天気がいいので
公園のベンチで座って食べましょう。

10分早めに事務所を出たからこそ
自分の座りたい位置に行けるのです。
12時を回ってからではいけません。
12時まで待たなければいけない会社の人は
可愛そうだなぁ、
そんな会社、辞めちゃえばいいのに、と
こんなときだけは思います。

公園にはハトがいます。
人間が食べた弁当の残りかすをあさりに
すぐ近くまで寄ってきます。
ハトは苦手です。
ハトなんて絶滅してしまえばいいのに、
と、思ったりします。
そんな私は心の狭い人間なんだ、なんて
すぐに反省したりもします。

向こうのイチョウの木の下には
3人で固まっているお姉さんがいます。
その様子はまるでさえずる小鳥。
紺色の制服と、揺れる赤いスカーフが、
物語っぽくて、素敵です。

ご飯の上の梅干しをこりこりかじって
緑と紫のおつけもの、レタスとポテトサラダへ。
スパゲッティナポリタンの味つけは
小学生の頃、家で作って食べたのと似ています。

となりには、誰もいません。
お昼ご飯はたったひとり。
春の風は、意外にも、ひりひりと
冷たいものなのです。
ひりひり冷たい風に吹かれながら
チンジャオロース弁当を食べるのも
けっこう、いいあんばいです。

お昼休みに屋上でバレーボール。
日本がまだ、いまよりもずっと
貧しかった頃のお話なのでしょう。

女子はお茶汲みにコピーとり、
寿退社、社員旅行はサイパン、
そんな時代も、あったそうです。

そんな大変な会社、
辞めちゃえばいいのに。
なんて、忠告してくれる友人も、
明日の生活の面倒は見てくれません。

それなりに私、やってかなきゃなりませんから。
いくら仕事が忙しくて大変だって
もう、仕事を選べるほどの年じゃないし。
早くいい人見つけて片付いてしまいたい。
なんて思ってみたりもするけど、
それも、なかなか、うまくはいかないもんなんです。
だって、恋とか、結婚とか
よくわかってませんから、私。

はかないものは、ランチタイム。
チンジャオロースにさようなら。
もう、お弁当箱はからっぽです。
このプラスチックも、お茶のペットボトルも
本当にリサイクルされているのかしら
東京湾のゴミの島で
真昼の太陽におなかを照らされたまま
みっともなく横たわるんじゃないだろうね。
それじゃあんまり、みじめったらしい気もするね。
私、環境のことも少し、心配です。

仕事をなくしたのか、隣のベンチには
よれよれの背広とすり切れた靴をはいた
おじさんが、ぐうぐういびきをかいて寝ています。

そのすぐ前を、
大荷物をしょったホームレスのおじさんが
ヨロヨロと歩いていきます。

赤いスカーフのお姉さん達が
楽しそうに笑いながら去っていきます。
私も、すっかりおなかがいっぱいになりました。
昼からはまた、仕事の続きです。
月末ですから残業です。

帰りに薬屋さんに寄りたいけれど、
きっと、しまってしまうでしょう。
今日は9時までは、確実に働きます。
机にはたっぷりと未処理の仕事があります。
みんな、もくもくと仕事をしています。
お互いに、深入りしないのが仲間同士の思いやりです。
助け合いなどしないのが礼儀です。
仕事が滞り、ストレスが溜まり過ぎ、
誰にも何も言えないまま、ある日突然
姿を消した社員もいます。

時計が12時50分をさしました。
そろそろ本当に、事務所に戻ります。

チンジャオロースにさようなら。


自由詩 チンジャオロースにさようなら Copyright うめバア 2005-01-16 01:13:12
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