サロメくん2
salco

 さっぱりわかりませんの
 もう何が何だか
とヘロデヤ
眉根を寄せて声をひそめる
ご近所さんと同じくさっぱり
「いや? 何かフツーのお子さんでしたよ?」

 母ひとり子ひとり
 懸命に働いて懸命に育てたつもりの
 何かがいけなかった
 どこかで道を逸れた
 気づかされたのは
 殺された時だったんですもの
 いいえ? 普通に育てて来ましたのよ?

本年のサロメくん十九歳
漕ぎ出せぬ自分を諦めたので
希薄な明日にアドベンチャーを圧縮する
未踏の極地へ至るなら2DKで充分だ
社会に出たって何がある?
社会は階層で「世界」じゃない
社会は構造体で「地平」はない
望ましい事など起きはしない
あと四十年
出勤帰宅の往復以外に何か?

学歴とか就職とか軌道とか
均されて溶融する自己像だけ吹き込まれ
たかが平凡をつまずく凡庸を「挫折」と修辞し
たわけ仲間も作れず放浪もせず
女も追えず音を奏でもせず
愚母を蔑みながら温室を出る気概もなく
陸の孤島に汚れた領土を築く代わり
ヒト雛型の記号論たる血だまりで
母なる元素を解体する

(評論家曰く)
 「これはひとつの死姦 なのですねぇ!」
 ひとつの近親姦 ですねぇ!
(好事家曰く)
 「エド・ケンパーは生首にフェラさせたそうですぜ?」
 権勢の追認ですね?
(健やか有性生殖とハイキングの会主宰曰く)
 「いや、あの子はソコまではイッちゃってません」
 でも一線は越えたと
(着付け教室講師曰く)
 「通過儀礼ですわよねぇ親ごろしは青春の」
 母さんのお肉は分別してごみ袋に
(こぐま幼稚園ピーチーエー会長曰く)
 「ホントに殺すのでは話が違いますっ!」
 源流へ遡る笹舟にお乗せしバイバイするもの
(浦島デイサービスセンター職員曰く)
 「いえいえ違いませんよ、とっ捕まるトコ以外は」
 唯一の郷里でありながら親は既なる廃墟なのデス
(界隈のオバサンがた曰く)
 「ンマ! 怖いわあ」
 「ウチは心配ないわねサークルと飲み会とバイト先の女で」
 「そりゃそーよォ!(Fランクじゃ挫折しようがないわよ)」
 「アラお宅も安泰よ?(さぞやかし矢も跳ね返すその厚顔)」
 そうでしょうとも、そうでしょうとも

 でもよかったと思うんですよ
とヘロデヤ
 外でよそ様を でなくわたしが矛先で
 とても残念ではありますけれど
 その点は無念じゃありませんの
とヘロデヤ
泣かせてくれる
マグマの通路を塞がれた倅に
こんな破滅を仕向けておいて

 でもおかしいのじゃありません?
 息子をサロメ呼ばわりするなんて
 第一わたしがそそのかすとでも?
 「わたしの首を所望しなさい」なんて
とヘロデヤ
そこですよ誠心誠意ニブいお母さん
逼塞の倅が女だったら少なくとも
ああいう欲動には駆られなかった
殺意止まりか
せいぜい刺殺どころで済んだハズ

テストステロンは荒野に呼ばわる
柔らかな闇から炎心の奥から
嵐と波濤の轟きで呼ばわる
 「イナゴは美味えぞおぉぉ!」
風はらむ大鷲の翼にみなぎる如く
攻撃と征服に餓え闘争と渉猟に駆る
 「ヒ〜スクリ〜フ!」
男なら一度は勝ちに出たいもの
そして一度ならず惨敗すべき者
なのに巣立ちどころか殻をさえ出ず
それでも狩猟と制覇には餓えるわけで
早晩飽き足らなくなる
オンラインゲームとオナニーではね

 でもわたし母親ですよ?
とヘロデヤ
そう、まさにそんな仔の母体
座敷牢でしか衝かれ動けぬ主体になるべく
育まれた不甲斐ない男の十九歳は
肉親という客体を獲物と見なすに至る
骨の髄まで酸化した雌の成れの果て
老廃に浮腫み天ぷら油の匂いがする奴婢
あさましく非力な昼寝の母
こんな代物を通過儀礼に狩ろうというのだ
この子宮破裂はお母さん
悲劇も被害者も死肉の側にはないですよ

ヘロデはどこだ
家賃を払い給餌する母にぶら下がり
罵声を浴びせて巣立つ代わりに
現状打破を猟奇にすり替え
メンドリさながら抱卵していたウラナリの父
世襲君主にして宗主国の傀儡
活路は領土の外にしかないのだと示すべき叔父
幕屋の支柱にして歴史の道化
有責奴隷ヘロデはどこ行った


自由詩 サロメくん2 Copyright salco 2014-01-24 23:34:45
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