伊良部くん
末下りょう

伊良部くん家の隣りには比較的小さなガソリンスタンドがあって、なんとなく家の中はいつもガソリンの臭いが漂っていて、とりあえず伊良部くんのあだ名はアラブだった。そんな家庭事情を伊良部くんなりに価値転換してか、よくESSOとか出光とかA.P.C.の(アディクテッド トゥ オイル)Tシャツを着ていた。

ある日、伊良部くんは幼馴染みの久野ちゃん家が飼ってるダックスフンドのバビルちゃんに手を噛まれてヤベー消毒しねーと狂犬病になっちまうと騒ぎだし、久野ちゃんのおじさんもおばさんもお出かけ中でマキロン的なものが見つからず伊良部くんが歯型のついた手を振りながらコンビニ行くぞと言い出したので僕も付き合い原付きで2ケツして桜舞い散る川沿いの土手道をすっ飛ばした。

コンビニで伊良部くんがなんやかんやと買い漁っている間、雑誌コーナーでエロ本を読んでいると目の前の駐車スペースに黒塗りのベンツが乗りつけてきて、助手席から顔半分以上サングラスで隠れたモデル体型のお姉さんが出てきてツカツカとコンビニに入ってきた。アンジェリーナジョリーかよとツッコミたくなるオーラをまとわせて。

エロ本を棚に戻して冷蔵庫からコーラを取ってレジに向かうと、フードコートの前で伊良部くんがアンジェリーナジョリーをナンパしていた。しかも二人は携帯電話を突き合わせている。さっき雑誌コーナーから見えた黒塗りのベンツのオーナーさんは82%くらいの確率でヤクザのお兄さんだった。

コーラのフタを回しながら外にでて原付きに座り、ちょっとドキドキしながら伊良部くんを待った。怖そうなお兄さんはアンジェリーナジョリーがESSOのTシャツを着た男にナンパされてる事には気づいてないみたいだった。
先にアンジェリーナジョリーが長い脚を交差させながら無表情(たぶん)に出てきて、助手席に乗り込み車はあっさりとコンビニをあとにした。伊良部くんはデカいサングラスでよう顔は分からんかったけどエゲツないフェロモンに釣られてナンパしちゃったらしい。


それから伊良部くんとアンジェリーナジョリーは付き合いはじめて、伊良部くんはフィリピンパブのホールの仕事を辞めて久野ちゃんとこのおじさんが経営するファッションヘルス店の社員として働き始め、アンジェリーナジョリーは高級ラウンジでバリバリ働きながらカラーコーディネートの勉強をしているらしい。

伊良部くんはあの瞬間の出会いを逃したらたぶん一生後悔してたぜ、ありゃ運命運命、赤い糸 縦の糸さん横の糸さん バビルちゃん噛んでくれてありがとーと酔っ払ってうれしそうに言っていた。



(男子は、バカで 無敵で、カッコイイのです)伊良部くんにピッタリのコピーが帯に書かれた写真集をパラパラめくりながら勇気と運命について思いを巡らしたりしている。無駄と知りながらも踏みだすべき一歩は一つの祈りかもしれないなとか。

野性のカンでパートナーをゲットしたのか、実は数打ちゃ当たるでゲットしたのか、何はともあれ I LOVE 伊良部くんなのです。


散文(批評随筆小説等) 伊良部くん Copyright 末下りょう 2014-01-21 23:53:40
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