牧場
Lucy

伯父さんのお葬式の日に
父に会いに行った
病床で 夢と現のあわいを
ゆっくり行き来している父は
「今○○さんが来て行った」と
仲良くしていた兄の名を言う
その人が亡くなったという事を
おそらく母が告げたのだろう
「だからお葬式に行ってくるね」と、
伝えなくてもいい現実を
母はいちいち正確に知らせる
いつか正気に戻ってくれると望むあまり
せっかく忘れて
又知らされるたびに
新しく悲しむのに

「そう、伯父さんきてたの。」
と、私は軽く受け流す
父の手をとり
固まりかけた関節をさすりながら
「ずいぶん柔らかくなってきたね。
動かさないと固まってしまうからね」と声をかけると
父の瞳がいつになく暗く輝いて
私の顔をじっと見た
「俺はなんだ?マムシか?ヘビか?」
唐突にそんな事を言う
倒れてから一度も見せたことのない表情
「俺の迎えは、遅いんでないか?・・もう、いいだろう」
私だけに見せたと思う
父の思いを受け止めなければと焦る
「おとうさん、そんなことを思っていたの・・」
涙がこみあげてきて
それ以上は言葉が出ない
父の目にも涙がにじむ
わかっているんだ
お父さん何もかも
わかっていて
家族に心配かけまいと
いつもにこにこしていたの?
流れる涙をぬぐっていると
「俺は、今日は行けるかなあ」という
「どこへ?」と訊くと
「牧場よ」
「ぼくじょう?牧場へ行きたいの?」
父の瞳から暗い光が消えている
「ああ、馬三頭放してあるんだ。」

若い日の記憶に戻って行ったのか
光に満ちた草原を
三頭の美しい裸馬が
風のように駆けて行くのが
私にも見えた




自由詩 牧場 Copyright Lucy 2014-01-03 15:55:51
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