二つの名前
殿岡秀秋

入学したての小学校の教室の机に
ひらがなで名札がついていた
その席に座ったら
ひとりぼっち
と風がささやいた

家に帰ると
オコちゃん
おやつがあるよ
と母に呼ばれる
近所の子どもたちと
石けりをしていると
次はオコちゃんの番だよ
といわれる
遊んでいる間
ヒデアキのぼくは
後ろでうずくまっていた

学校では
ヒデアキで
生きなければならない

ぼくはぼくのことを
オコちゃんと呼んだことはない
ぼくはだれかときかれれば
ヒデアキとこたえるしかない

家族や
近所の子に
当たり前に呼ばれているので
呼び名を変えてほしいと
言いだすことができない

ぼくはひとりで遊ぶようになった
物語しだいで
空想のぼくは名前を変えた
今日は豊臣秀吉の家臣で
加藤清正と同僚の
松木日向守になる

宿題はヒデアキがやる
明日の教室が頭の中で
拡がってくると
暗い穴にずるずると落ちてしまう
拾いだすために
オコちゃんが手を伸ばした

いったいどちらが
本当のぼくなのだろう

だれも気づいていないが
オコちゃんと呼ばれるたびに
胸に小さな罅がはいる

ぼくはからだと気持ちを
ひとつにつなぐために
ヒデアキを胸に
当て布のように縫いこんだ


自由詩 二つの名前 Copyright 殿岡秀秋 2014-01-01 04:37:43
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