人柱
岡部淳太郎

荒野の中に人柱が建つ
立ったまま
石と化して
柱のように天に伸びる人の残骸
人生に遅刻した者
あるいは 人生から早退した者の
群れが
向日葵のように咲き揃っている
そんな人柱の
列石
列柱が
渇いた大地に立ちすくみ
裁きも赦しもない止まった時間の中で
ただの思い出になっている

ここには太陽は存在しない
ただ
月の弱々しい光で
淋しげに照らされる
夜ともなれば
人柱の群れはぼうっと燐光を発して
開いたまま石化した掌から
閉じたまま石化した唇から
物語を
歌を
それぞれの引き換えることの出来ない思い出の
かすかなにおいを立ち昇らせる

かつて人びとは荒野の上で
誰かに
何かに
常に屈しながらも
心の中心のいちばん柔らかい部分を
必死に守りぬいてきた
人びとの
無言の祈りの声は荒野から発して
はるかな地平線にまで届くかと思われた
こともあったが
ふいに
空の一点 地上に最も近い空間で
切断された
祈りの線は途切れて
力なく地表に横たわった
誰かが
何かが
祈りを撃ち落としたのだ

それも
これも
すべては仕方のないことであるのだが
荒野の 罅割れた大地
流れない血管の間に
人柱は変らずに
黙然と建ち 立ちつくしている
諦念も
憧憬も
失って
淋しさ以外のあらゆる感情から遠く隔たって
彼等は立ちつくしながら
風に吹かれる度にますます純粋になってゆく

私はいま
この荒野の上に立っている
この寒々とした広さの中で
あらゆる種類の石を集めようと
報酬のない 果てしない努力をつづけている
傍らに立ち並ぶ人柱の群れ
遂げられずに固まった 願い
美しい思い出
やがて時が経ち
この荒野の上をふたたび太陽の光が覆う時
人びとはここに帰ってくるだろう
その時には人柱の群れも
豊かな地層の中に埋もれ
新しい人びとは
かつての思い出について
ただのひとことも話さないだろう
忘れられた
その上で 人びとは繁栄する
彼等自身が
更に新しい時代の思い出となる日に向かって

私もまた
ここにこうして
立ち つくしながら
やがて
身体全体で思い出となる


自由詩 人柱 Copyright 岡部淳太郎 2005-01-13 18:40:14
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