彼女たちの事情 〜愛しすぎる女たちのうたう詩〜
涙(ルイ)


不眠症のユウコは今夜も大量のクスリを飲んでは
ヘロヘロ状態

潔癖症のさなえは自分の周りが汚れているのには我慢できないくせに
もう1週間も頭を洗っていない

マユミは食べることを抑えられなくて
埋まらない淋しさを1万円の食糧に換えてみても
積もり積もった後悔のために 今日もトイレで吐き続けてる

みゆきは男に振られるたびに自殺未遂を繰り返す
生きてても意味がないのよとためらい傷だらけの左手首が自嘲ってる

虚言癖のエミリは いつでもお姫様気取りで
何人の男と付き合ってきたか
何人の男を振ってきたか 自慢げに話す
ホントは誰一人としてまともに付き合ったことなんてないくせに
 
買い物依存症のかずみは いつもイライラしていて
ブランドものに囲まれていないと安心できずにいる
プラダやエルメスに埋もれながら
膨れ上がる借金返済のため 夜のバイトを始めようかと検討中





     思えば子供のころから ぐっすり眠れたためしなんてなかったわ
     家の中はいつもごたごたしていたし
     いろんなものが壊れていく音が聞こえていたから
     我慢して眠りなさいと 母はそれ以上係わりたくないといった感じだったし
     仕方がないから無理矢理目を瞑ったけど 眠れるわけなんかなかった
     暗い天井をずっと見つめていたら 得体の知れないものたちが
     なにやらうようよ蠢いているように見えて
     怖くなってふとんをすっぽり被って 
     大丈夫 大丈夫 なんてことない なんてことないって
     まるで何かの呪文かおまじないみたいに
     何度も何度も そうつぶやいていたわ
     やがて疲れて眠ってしまうまで
     あのころからはじまってしまった不眠症は
     1日分の睡眠薬くらいじゃビクともしなくなってしまった
     強い薬と強いお酒で意識を失ってしまえれば
     何も考えず 耳障りなあの音あの声を思い出さないでいられるなら
     他のことはもう 全部どうでもよかったのよ
     どうでもよかったの



     誰が使ったのか 誰が触ったのかわからないものなんて
     気持ち悪くて 絶対に触れない
     ジュースの回し飲みなんて よくみんな平気でできると思うわ
     古着とかビンテージものとかいって
     いかにも付加価値があるように思わせてるけど
     要は人のおさがりじゃないの
     どんな人がどういうふうに着ていたのかもわからないのに
     お洒落ぶっちゃって 何が格好いいよ
     そんなものに高いお金使っちゃうなんて ホント馬鹿じゃないの
     部屋が散らかってても平気な人とか 頭がおかしいんじゃないかと思うわ
     足の踏み場もないほど物であふれかえった部屋の中じゃ
     とても息なんかできないの
     なのにみんな あたしのほうがおかしいって云うのよ
     1週間も頭を洗わないで平気でいられるなんて信じられないって



     痩せてなきゃ かわいくなけりゃ
     他になんにもないあたしなんか
     誰も振り向いちゃくれないわ
     ああ あごの肉が気になるわ
     もっとウエストを細くしなきゃ
     手も足ももっともっと華奢でなくっちゃ
     綺麗にさえなれば きっとなにもかも上手くいくはずよ
     あたしには2つ下の妹がいたの
     あたしたちは姉妹なのにちっとも似てなくて
     あたしはグズでのろまで何をやってもものになんてならなかったんだけど
     妹は要領がよくて なんでもすぐに出来てしまう子だった
     顔も妹のほうがずっと可愛らしい造りをしていたから
     両親からはいつも なんで姉妹なのにこんなにも違うのかな
     やっぱり駅のコインロッカーで拾ってきた子だからなのかな
     なんてあたしに向かって 真面目な顔して云っていたっけ
     思い出さなくてもいいこと また思い出してしまった
     それで今日も 1万円も食糧を買い込んでしまった
     痩せなきゃ綺麗にならなきゃって思えば思うほど
     反比例するみたいに 食べることを抑えられなくなるの
     だってあたしには何もないんだもの
     くだらないつまらない人間でしかないんだもの
     食べてるときだけは安心できるの
     けど そのあとはいつも
     ものすごい罪悪感に苛まれるわ
     「お前はやっぱりダメだ」って両親のがっかりした声が聞こえてくるの
     吐くのはだから 自分への罰なのよ



     さっき彼から電話があったの
     他に好きな娘ができたんですって
     それにもう お前の面倒は見切れないとも云っていたわ
     どうしてそんなことを云うのか あたしには全然わからなかった
     彼はとてもやさしかったし 愛してるとも云ってくれた
     何度も何度もそう云ってくれた
     あたしは彼に好かれようと一生懸命努力してきたのに
     髪型も服装もメイクも彼好みにしてきたし
     音楽だって 好きなバンドじゃなかったけど
     彼が好きだっていうから毎日のように聴いたわ
     本当は戦争ものや暴力シーンの多い映画なんて観たくなんかなかったけど
     彼が好きだったから あたしも好きになろうと努力してきた
     してきたつもりだったの
     あたしにとっては彼がすべてだったのに
     彼はあたしを見ながら いつももっと遠くを見ているみたいだった
     いつかこんな日が来てしまうことは解っていたわ
     でも解らないふりをしてきたの
     今度はきっと 今度こそきっとうまくいくはずだって
     なのにどうしてなの? どうしてみんなあたしの前からいなくなるの
     もうあたしはいらないってことなのね
     わかったわ わかった いなくなってあげるわ
     あなたがいないのなら 生きてたってしょうがないもの
     安全剃刀を左手首にあてがい 一気に引いた
     みるみる真っ赤な血があふれてきたわ
     生ぬるい温度が腕を伝って少し気持ち悪かったけど
     頭の中は冷静だった 自分でも驚くほどね
     そうしてもう一度彼に電話するの
     あたし今さっき 手首を切ったのよってね



     両親からはとても大事に育てられたのよ
     パパは欲しいものなら何でも買ってくれたし
     料理好きのママが作るごはんは世界一だったし
     あたしのためによくケーキやクッキーを焼いてくれたわ
     誕生日会だって毎年やってくれて
     クラスのほとんどの子がお祝いに来てくれたのよ
     それも沢山のプレゼントを抱えて
     はじめて男の子に告白されたのは小学4年生のとき
     格好よくて頭もよくて運動神経も抜群で
     女の子たちから一番人気のあった男の子だった
     はじめて付き合うようになったのは中学1年のとき
     ひとつ上の先輩から告白されて 付き合うようになったわ
     あたしに告白してくる男の子は ひとりやふたりじゃなかったのよ
     みんなとてもやさしかったし あたしの云うことはなんだって聞いてくれたわ
     「いま、ひとりぼっちなの」なんて ちょっと甘えた声で電話すれば
     必ず誰かしら駆けつけてきてくれたわ
     だから淋しいなんて思ったことは一度もないの
     そう ただの一度だってね



     いらっしゃいませ
     いつもご贔屓ありがとうございます
     お客様のために特別にご用意している品がございますのよ
     こういったデザインのものなど いかがですか
     スタイルのおよろしいお客様でしたら
     絶対にお似合いになると思いますよ
     ご試着なさいますか ありがとうございます
     このお洋服でしたら たとえばこういった色柄のものなど合わせると 
     お顔の色もとってもきれいに見えますし
     いま履いていらっしゃるスカートともとてもよく合うかと思いますよ
     お買い上げでございますか いつもありがとうございます
     毎日毎日ストレスが溜まってしょうがないのよ
     仕事のできない後輩の面倒を見るのも
     ミスの尻拭いをさせられるのも全部あたし
     ちょっとばかり可愛いからってちやほやされて
     一体何をしに会社にきてるのかしら
     あたしがどれだけフォローしてあげてると思ってるのよ
     課長も部長も 同期入社のあのさぼり常習男も
     みんな鼻の下のばしてデレデレしちゃって
     めんどくさい仕事は全部あたしに押し付けるんだから
     まったく やってらんないわよ
     なんて 面と向かって云えるわけもなく
     嫌なことも嫌と云えるわけもなく
     だから ここにくるととても満たされるのよ
     このお店にとってみたら あたしは上お得意様なわけで
     すごく大事にされるし 特別扱いだってしてくれる
     もちろん 買わせるためにおだてられてるってことくらい解ってるけど
     これもお似合いですね あれもお似合いですね
     なんて云われて悪い気はしないもの





愛したいのに愛し方がわからない
愛されたいのに愛され方もわからない
誰かに必要とされたくて必要としてほしくて
頼まれもしないのに 痛がってる人のそばによっては
話を聞いてあげたり 慰めてあげたり
自分がしてほしいから 相手にもそうしてきたのに
いつだって先に泣き言を云われてしまうから
喉まで出かかった言葉を飲み込んでは
やさしい人間を演じなくてはならなくなるの
別に恩をきせようなんて思ってやしないけれど
これだけ言葉を交し合っていながら
ひとつも理解してくれないなんてあんまりじゃない
そうして鬱屈した思いがいつか爆発してしまえば
お前なんかもういらない必要ないと放り出されてそれっきり
どうして どうしてなの ねえどうしてよって
応えてくれる人もないから結局自分に問いかけるしかなくて
束の間でもこの心の空白を埋めることができるものならなんだって
それがたまたま クスリでありお酒であり潔癖になることであり
リストカットであり 食べ物であり 嘘であり 買い物であっただけのこと
誰がそれを責められるというの
誰がそれを嘲笑えるというの
生きなけりゃいけないと 
それが生まれたものの義務だと人は云う
云うだけなら誰だって出来るのよ
責任がないからなんだって云えるのよ
望まれて生まれてきた者もいれば
誰にも祝福されずに生まれた者だっている
生きろと そう詰め寄るあなたが救ってくれるとでも?
心にぽっかり空いてしまった空白を埋めてくれるとでも?
そうでないのならせめて何も云わず
そっとしておいてもらえないかしら
お願いだからこれ以上
生き辛さを加速させないでほしいのよ







眠れない夜 パソコンに向かって
「死にたい」と検索してヒットする件数7,370,000件
だからって別に どうっていうことはないのだけれど


分裂した精神は 今夜も散り散りのまま
どこにも着地することもできずに
秒針の音ばかりを気にしている





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この詩は以前投稿した『彼女たちの生き方』の
“彼女たち”にスポットを当てて書き直したものです

長くて重い詩ですが、ここまでたどり着いてくださった方
ありがとうございます


自由詩 彼女たちの事情 〜愛しすぎる女たちのうたう詩〜 Copyright 涙(ルイ) 2013-12-16 17:44:00
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