メアリーからの手紙
村田 活彦

親愛なる子どもたち
カレンダーは夏になったというのに
窓の外には雨が降り続いています
ペンを走らせようにもインクがすっかり凍ってしまいました
それでも息を吹きかけ便せんをひっかいては文字を綴ります
遠いあなたに届くように  世界の涯で響くピアノのように

親愛なる子どもたち 私は書き続けます
くたびれた靴やあかぎれの耳たぶ  そしてゆうべの夢を
思い描けばそれは本当になる  見えなくてもそこにある
嵐の夜の戯言からどんな悪夢も生まれるでしょう
けれど本当に恐ろしいものの姿を私たちは想像できるでしょうか


私が伝えるのはおとぎ話  けれど本当にあった話
むかしむかし神様になりたかった猿がいました
10万年かけて風から黄金を得ようとしました
10万年かけて土から光を得ようとしました
もちろんいっこうに神様には進化しないのでした


猿は二本足で彷徨いました
「我々はどこからきたのか どこへいくのか」
氷の船で月にも行きました  だけど答はみつかりません
「どこで間違えたのか 光を目指したはずなのに」
抱えすぎた悪夢を棺に閉じ込めて
地層深く埋めることにしました
棺の中から声がしました
「タダ生キルダケデ良カッタノニ」

雨の音に耳をすましてごらんなさい
頭蓋の奥から尽きない問いが這い出してくるでしょう
私が伝えるのはおとぎ話 けれどいつかあり得る話
この窓が割れたまま捨てられてしまっても
10万年かけて続く言葉があるでしょうか
10万年かけて続く物語があるでしょうか
わからないのは時間じゃない  
わからないのは人間


親愛なる子どもたち
カレンダーは何度目の夏をめくったでしょう
私はすっかり年老いてたくさんのことをもはや忘れてしまいました
襟元に置かれた優しい指やテーブルを囲んだ笑い声
けれど太陽に祝福された湖の輝きだけは
今も思い出せるのです 勇気づけられるのです
私は書き続けます
夜のかげりに目を凝らしながら
便せんがなくなれば机や壁に 
それでも足りず岩肌や水に


親愛なる子どもたち
あなたの世界に禁止区域はあるでしょうか
あなたの世界に言い伝えはあるでしょうか
信じれば夢はかなうと人のいう 
けれどその夢は本当に望んだものですか

親愛なる子どもたち 
見えないものこそ畏れなさい
この言葉がかすれて風の調べになるとしても




自由詩 メアリーからの手紙 Copyright 村田 活彦 2013-12-14 20:22:14
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