鏡の世界で
まーつん

 愛を映す鏡に
 己を見た者はいない

 けれど、
 もし、いたとしたら

 その人は
 どんな姿を
 していたろう?

 イエスや、仏陀の姿を
 多くの人々が、想像しては
 絵に描き、彫刻に刻んだ

 人は外見じゃない
 中身だ、という
 昔ながらの、諭しの声も

 全ての人の外見が、
 ショーケースに飾られて
 値付けされるのを待っている
 この世界では、空しく響く


 愛を映す鏡


 それは
 この世界では
 無用の長物だった
 時々、そう思えてくる

 その鏡を
 曇らせる吐息は
 寂しさや、欲望から
 膨らむ自我の裂け目から

 こっそりと
 漏れてくる

 人は、
 その鏡から
 自由にはなれない
 毎日、毎瞬、己の前に
 かざし続けている

 そして
 絶望の黒い花が
 脳裏に芽生え始める頃

 あなたの心は
 一枚、一枚
 衣を脱ぎ捨てていく

 優しさを装う
 憐れみ

 恐れを隠す
 敵意

 己を大きく
 見せる為の鎧を
 一つ、また一つと、
 脱ぎ捨てる度に

 あなたは
 より小さく
 より強く、輝く

 井戸の底に揺れる
 星明りのように



 ある
 気怠い昼下がりに
 裸で、鏡の前に立ち
 涙が一つ、零れたなら

 あなたは
 空のグラスとなって
 誰かの心が注がれるのを
 待ちわびている、自分に気付く

 それを
 満たすのは誰?

 その問いかけに
 答えられた時

 人は初めて
 閉じていた目を開く


 愛を映す鏡、とは
 目の前にある
 世界、そのもの


 自己の内と、外
 二つの領域を隔てる
 薄い、薄い、膜を破って

 草を踏むのも
 躊躇う程に
 愛おしくなる
 全ての命

 そこに映える
 一切の美に
 あなたは見るのだ


 あなた自身の、
 魂の震えを



(2013.12.10)


自由詩 鏡の世界で Copyright まーつん 2013-12-10 21:06:58
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