欠落
アンテ
絵描きの描く肖像画は
どれも本物と見間違うほどの
素晴らしい出来映えだったが
どの絵からも
顔の構成品がひとつだけ欠けていた
片目の瞳だったり
上唇だったり
耳たぶだったり
必ずどこか一カ所がなかった
人々は絵描きに不満を洩らしたが
絵描きは描くことを頑なに拒んだ
中には自分で描き足してみる者もいたが
そこだけが異質で
まるで別人の顔になってしまった
絵を描き終えると
絵描きは礼も受け取らずにそそくさと後にして
脇目もふらずに家に帰ってしまった
ある時ぷっつりと
絵描きの姿が見えなくなったので
人々が絵描きの家に押し入ってみると
暗闇のなかにじっと絵描きが佇んでいた
話しかけても返事がないので
近寄ってみると
それはカンヴァスに描かれた肖像画だった
欠けている部分はどこにもなく
絵は完全に仕上がっていた
人々は腹を立てて絵描きを捜したが
どこにも見当たらなかった
よくよく考えると
特に害を被ったわけでもなく
人々は相談して
絵描きの残した道具を全部処分し
家も取り壊し
絵描きの肖像画を燃やして
最初から存在しなかったことにした
帰路につきながら
なにかが欠けてしまったような淋しい気持ちになって
振り返って互いを呼ぼうとしたが
どうしても名前が思い出せなかった