おいでよ、虫食いの予感 (かしゃ、かしゃ、ずるる)
ホロウ・シカエルボク




真夜中にまぎれて忍び込む虫どもが頭蓋をくり貫いて脳膜を啜り上げる、夜に棲む奴等にはこの上なく美味なのさ、俺がそこにしまいこんでいるものの湿度は…ずるる、ずるると、小さな身体で懸命に奴等は啜り上げる、その音が煩わしくて俺はまた眠りを逃してしまう、枕には奴等が吸い切れなかった体液が零れ、ゼリーのようにたわんでいる、ぞぞ、ぞぞと、特等席を取れなかった弱い連中がそこに群がって喰らっている、かしゃ、かしゃと動くたびにぶつかり合って音を立てているところを見ると、どうやら奴等は甲虫的なもののようだ、かしゃ、かしゃ、ずるる、かしゃ、かしゃ、ずるる、ぞぞ、ぞぞ、ぞぞ、かしゃ、俺は眼を見開いてその音を聞いている、別にそんなやつらに興味など、無い、だがそうしているより他に仕方が無いのだ、奴等が食事を終えて俺の頭蓋を元通りに塞ぐまで、俺は身体を動かすことが出来ない、動くと脳味噌まで寝床に垂らしてしまうからだ、奴等は脳味噌には興味は無い、小さな穴に小さな口を入れて脳膜だけを吸い上げる、かしゃ、かしゃ、ずるる…俺はその音を聞きながら、こいつらが初めて現れたのはいったいいつのことだっただろうと考えを巡らせる、だけどいつもうまく考えられたことが無い、思考は断片的に欠落している、いつも必ずそうなのだ、たぶん頭蓋骨に穴が開いているせいさ、そのせいで思考に欠陥が生じているのだ、かしゃ、かしゃ、ずるる、文字通り虫食いってわけさ、ふん、別に面白くもなんとも無い…だけど子供の頃から、こんなことはあったような気がする、その時俺の頭を啜っていたのは、こんな虫どもではなかったかもしれない、なにかもっと他の…得体の知れないものがやたらに駆け巡りながら喰い漁っていたような気がする、少なくとも、いまここに居る奴等のような律儀なプロセスは持ち合わせていなかった、そこには、法則というものが無かった、それはもしかしたら、俺自身がそうしたものを持ち合わせていなかったせいなのかもしれない、確かにあの頃俺の頭を荒らしていたのは、そうした法則を持ち合わせていないなにかだった…そういえば、いま俺の脳膜を啜っているこいつらは、なぜいつもご丁寧に頭蓋の穴を塞いで帰っていくのだろうか?そうしないと次また楽しむことが出来ないということが分かっているのか?だとしたらこいつらにとってこの俺は保存食のようなものなのだろうか、そもそもこいつらが啜っているのは、本当に脳膜なのだろうか?俺がいままで勝手にそう思い込んでいただけではないのか…?俺の頭蓋の中にある、なにかもっと別のものを、たとえばそれは人体図鑑には載っていないようなイレギュラーな組織であったりするのだろうか?あるいはオカルティズムの雑誌などによく載っているような、ある種の意識を喰らうような生物なのだろうか…?だとしたらこいつらは生物ではなく、そういう形を模倣している霊的な存在なのだろうか?ず…、と虫どもが一瞬、啜るのをやめた、どういうわけだ?食事の時間はもう少し続くはずじゃないのか…?奴等は静かに俺の頭蓋を塞いだが、去って行きはしなかった、俺の顔の両側に俺の方を向いて整列し、いっせいに笑い始めた、その声はどこかで聞いたことがあった、幼い頃に親に隠れてみた吹き替えの深夜映画の、蝿と一緒になってしまった男が上げていた声によく似ていた、いったい何匹居るんだろう?そういえばそんなこと今まで考えてみたことも無かった、十匹や二十匹では済まないような感じだった、そいつらは俺の耳元で笑い続けていた、そいつらがどうして笑っているのか俺には分からなかった、いや、そもそも、どうしてそんな奴等がここに居るのか、それすらも分かってはいないのだった、俺は為す術なくその奇妙な笑い声を聞き続けた、窓の外を疾走する車のホーンがかすんで聞こえるほどの笑い声だった、どれくらいそうしていただろう?気付くと俺は自分でも笑い出していた、きっと奴等の声に慣れて、つられてしまったのだ、真夜中に仰向けに寝転んで、天井を眺めながら俺は笑い続けていた、咽喉が掠れ始めてようやく正気に戻ることが出来た、あいつらとは金輪際もう出会うことは無いだろう、俺は今夜から大人しく眠ることが出来るだろう…なぜだか知らないがそれを確信することが出来た…俺は身体を起こし、部屋の灯りを点けて、枕元を確かめた、そこには何も無かった、俺の脳膜など零れてはいなかった…当り前のことだ…灯りを消して、再び暗闇の中に横たわった、もうなにもやって来なかった、静かな夜だった、俺は眼を閉じ、自分の呼吸の音を聞きながら、安らかな思いで眠りにつこうとした…だが、あるひとつの考えが、どうしようもない恐れをこの身に感じさせた、俺は眼を見開き、そのことについて考えた、それにはやはり、どうしようもないほどの確信があった




いままで俺は、奴等のおかげで生きていたのかもしれないと。




自由詩 おいでよ、虫食いの予感 (かしゃ、かしゃ、ずるる) Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-12-04 01:51:42
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