ある日記
番田 


詩を書こうとするときに躊躇することがあるのはなぜだろう。スラスラと筆が進む人は希なのかも知れない。一瞬自分が何をしているのかわからなくなる。そんな時にどうしたらいいのか自分がわからなくなるのはなぜだろう。詩を書くのはとても難しく苦痛な行為なのだと思い知らされる。やがて眠りに落ちていく。夢の中で公園の脇道を歩くと多くのことが寂しい。昔アスレチックに登っていたとき頭に怪我をして頭を縫ったことがある。そんな悲しい思い出が眠るときに思い出される。そして今日はスーパーで漬け物を買ってタッパーに入れそれを食べた。昔塩分が多いからと親に漬け物を食べるのを止められたことがある。そんな思い出も同時進行で思い出していた。テレビをつけるとドラマは面白くなかった。できることなら韓国の作品を見たいと常日頃思っている。ところで最近私は中華料理屋でご飯を食べているのだけれどBGMが日本のものより全然良いと感じる。聞き慣れたからだろうか。KARAも流れていたけれどパヒュームの楽曲より良いと思った。店員の女の子は結婚しているらしく店内を子供が走り回っていた。その女の子の母親もまだ若かったのでめまぐるしいサイクルで時代は動いているのだと目の前の彼らに感じた。僕がそこで彼女に手を出そうとしても子供はすぐにそこで成人してしまうだろう。いづれにしても彼らは生きていくのに必死だ。店の外に出ては必死で販促活動をしていた。


メシを食べると日差しの降り注ぐガラスの窓辺で太陽の光を浴びた。まわりを彼らの子供が走り回っている。今日は太陽の日差しを浴びたが明日もここでそれを浴びることだろう。そしてこの街をやがて僕は去ることだろう。残ることができるのはごくわずかな人間だけなのだ。そしてこの地に骨を埋めることだろう。僕は川に死体を流すことになるのかも知れないな。籠の昆虫みたいな悲しい死がそこで思い浮かんだ。ポケットのお金は残りわずか。工事現場で働いていた定年間近のおじいさんの研ぎ澄まされたような横顔が思いうかんだ。


散文(批評随筆小説等) ある日記 Copyright 番田  2013-12-04 01:09:20
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