記憶
草野春心



  街路樹が震えている、冬
  あらゆるものに札がつけられた
  ふりはじめた雪に、砂糖菓子に さびしさに……



  水切り台に置かれたきのうのウイスキー
  それに口をつけるとあなたは
  首のながいセーターをかぶって部屋を出ていった
  わたしはベッドに腰掛けてそれをただ見ていた
  もしこのまま
  あなたが帰ってこないとしても
  色あせた長い髪の毛はまだ わたしの唇に絡みついたまま
  (それもまた、
   わたしのこころに貼られた一枚の札)
  あなたはここに あなたの瞳をわすれていった
  一頭の小熊がその中で身をよじり 栗色の体毛を繕っている
  あなたはここに あなたをわすれていった……



  街路樹が雪に染まってゆく
  冬、
  あらゆるものにぶら下げられた透明な札を
  冷たい風が揺らしている
  その音はいつまでもわたしに あなたを思いださせるだろう
  もし このまま あなたが死んでしまっても





自由詩 記憶 Copyright 草野春心 2013-12-01 13:14:53
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