月唄 「朔夜」
龍九音
夜の静寂に乙女が独り
両の手を胸に当て空を見上げている
星が落ちそうな程の瞬きの中
乙女の求めるものはそこにはなかった
ため息をつくように見ろした先へ
仄碧い灯火が一筋流れた
まるで空から降ってきたように
一匹の蛍であった
蛍は乙女の肩に停まり
「どうしたの?」と問いかけた
乙女は沈んだ瞳で
「無性に月が見たくて・・・」
と小さな灯火に応えた
「今日は朔だからね
月の光は浴びることが出来ないよ」
蛍は残念そうに灯火を点滅させた
「そうだ・・・いい事思いついちゃった
僕の灯火を追ってみて」
そう言い放つと肩から乙女の鼻先に舞い上がった
蛍はゆらゆらとさらに舞い上がり
「暫く目を閉じてゆっくり開いてみて」
言われた通り瞼を閉じる乙女
次に目を開けたそこには蛍の灯火はなく
星の瞬きの中に穿ったような場所があった
「あれが今夜の月だよ」
いつの間にか肩に戻っていた蛍が言う
「そこには無いように見えるけど月はいるんだ
ここにはいないけど
貴女の心の中にいる彼の人のようにね」
乙女は驚いたように瞳を見開き空を見上げた
確かにそこに月あった
あの人が大好きな月が・・・
再び肩に目を向けた時
蛍の灯火はなくなっていた
「ありがとう」
乙女は三度空を見上げ微笑むのだった