羊たち
草野春心



  羊たちは口をそろえて
  ここは退屈だ ここにはなにもない と言っていた
  それから達者なムーンウォークでじぶんたちのねぐらへ消えてゆく
  唇にしまいこまれた狡猾な秘密のように 影ひとつ残すことなく



  古風なオルガンと暖炉の置かれた
  きみの家の中には 美しい赤い薔薇が咲いていた
  だからきみは赤い薔薇の夢を見たことがない、そうきみは嘆いていた
  夜ごとにきみの見るのは ただ 窓のない長く白い廊下を
  四つん這いになって歩いている夢だった 窓のない長い廊下に
  なぜかいくつもの水たまりがあって
  きみはそこだけを避けて歩かなければならなかった ただ、
  そうしなければならない気がしたのだった



  近くの林でオオカミたちは
  (やはりと言うべきか)まるまると惰眠に伏している
  かれらはきみを食べない 脅かさない 笑いさえしない
  羊たちの甘やかな影を追いかけるようにきみも眠りを求めるのだろう
  だがどんなに沢山の赤い薔薇を抱きしめながら
  その 隠された 夥しい数の棘に血を流しながら
  きみが眠りにつこうとも きみが赤い薔薇の夢を見ることはない
  絶対に ない のだ




自由詩 羊たち Copyright 草野春心 2013-11-30 16:00:05
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