きみはしっているのか
草野春心



  きみは自分が誰かしっているのか
  湯で卵のはいったカレーパンを口にほおばり
  買ったばかりの黒い手帳に夢中になっているとき
  見境のない冬の風が 昨日のきみといまのきみを重ね合わせる
  いまだかつて使われたことのない言葉がきみだけに姿を見せ
  路地の奥のほうへ いざなうように消えてしまう
  手のひらに落ちて溶けた初雪のことを覚えているか
  道に沿って並ぶ街路樹たちの名前を
  きみの母や父が通りすぎた 幾つもの街
  そこに息づく 微光のごとく煌めくささやかな幸せのことを
  きみはしっているのか
  夜、きみが眠りについた後に
  きみの心は きみから遠く離れて
  どこかの森の小川を流れ 石に洗われ
  魚たちがそれを見てくすくすと笑うのだ
  きみは自分が本当にきみだということをしっているのか
  新しい手帳にきみ自身を刻み込んだようなふりをして
  そんなにも ひたむきになって




自由詩 きみはしっているのか Copyright 草野春心 2013-11-27 22:41:35
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