人のいない町で、ひとりでに動く荷車の車輪の音だけが
響いている。電柱に梯子が途中まで掛かり、不思議と笑
いを誘う。眼鏡越しに見る空はどんよりと灰色で覆われ
ていて、打ち合わせたかのように雨が降り始めようとし
ている。この街には灰色が似合う。潮風で錆びたガード
レールから港を見る。
港に打ち上げられた残骸は綺麗に掃除されてなくなり、
埃まみれの古い国産車一台だけが港を向いて放置されて
いる。ナンバーは地元のものではない。視線の横にカー
テンが揺れるのが見えたような気がした。ふいに、好き
だった女のワンピースが揺れる様を思い出した。あの花
柄の花の名は知らない。
夜、懐中電灯の明かりを頼りに街も、畑も、店も、家も
工場も、学校も存在しない地図の空白を歩いている。
寂しいとは思わなかったのは数えきれないほどの星を眺
めることができたからだと思う。ただ、埋めようのない
空白なぞる感触が心臓あたりを漂う。それは涙を誘うも
のとは違う。
ふと、どこを目指していたのか、思い出した。それは恐
らく偶然で、時間はたくさんかかったが、思い出した。
《劣の足掻きより:
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