手紙を書こう
まーつん

 
 手紙を書こう
 愛する人へ向けて

 触れる度に傷つけるような
 そんな接し方しか
 出来なくても

 言葉と空間を介してなら
 紙というフィルターを通してなら
 少しは、あたりも和らぐから


 手紙を書こう
 救いを求めて

 紙の上で
 私たちは裸になる
 文字という身体に
 心を移し替えて
 地位からも 立場からも
 そして、恐れからも
 自由になれる

 ここでは、私たちは
 何者でもないのだ
 唯、人間である
 という以外には

 けれど

 王に手紙を綴る平民
 それを、不敬と呼ぶのなら

 麗人に
 恋文をしたためる
 冴えない男を
 身の程知らずと笑うなら

 出されないままの
 無数の手紙が
 抽斗の中で泣くだろう

 こんな世界に
 私達の出る幕はない、
 と嘆いて

 そんな世界では
 王は孤独だ

 等身大の人として
 誰かに届け得る
 言葉を持たず

 地位に背いて
 湧き上がる生の感情を
 ぶつける相手も、機会もない

 そんな世界では
 名もなき者も
 また孤独だ

 夢見る人としての声を
 聞き入れてくれる
 誰の耳も見つからず

 群衆から抜け出して
 個としての自分を
 主張する機会もない

 社会の一員としての仮面が
 顔に張り付いて、剥がせない

 そんな
 人間としての素顔を
 皆が忘れ去った世界では

 英雄も、落伍者も
 孤独なことに変わりはない


 手紙を書こう


 私たちが
 何者であるのかを
 思い出すために

 静けさの中で
 内なる声に耳を澄まし
 それを、誰かに届けるために

 親であり
 あるいは
 子であり

 使う者であり
 使われる身であり

 仕える者であり
 敬われる身であり

 裁く者であり
 裁かれる身であり

 市民であり
 罪人であり
 浮浪者であり
 旅人であり
 富める者であり
 貧しき者であり
 有名であり
 無名であり


 政治家であり
 皇族であり


 この美しく、また
 残酷な社会を形成する

 そうした
 総ての役割のうちの
 誰かである前に


 まず
 一人の人間である
 ということを



 思い出すために



 そして
 ほどけてしまった指先を
 もう一度、誰かと



 結び合うために






自由詩 手紙を書こう Copyright まーつん 2013-11-08 19:32:31
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