沈没
月形半分子

私たちは、壊滅したデパートのビルの地下へと海を見に来ていた。崩れた天井が手が届きそうな所で踏み止まっている。陥没や隆起の激しい足元には、黒い藻のようなものが生え、その隙間から切れ切れに見える白線が唯一ここが以前地下駐車場だったことをしるしていた。地下は地盤沈下で底が崩れ、地底へと深く傾斜が続く。その暗い奈落から、潮はゆっくりと呼吸するように寄せてきていた。その息には生き物の匂いはない。黴と埃くささだけが鼻をつく。白線を無視して私たちは歩いた。地下は、暗く静かだった。陽に照り付けられては、炙られていくコンクリートの鳴る音も、ここまでは届かない。

「ここなら、ゆっくり話しが出来るだろう」
男の声が壁を這うように響いた。外の眩しい光も、入口あたりを照らすだけで、この波打ち際までは届かない。壊れた蛍光灯のかけらが時折、耐え切れずに天井から海へと落ちていく。
「大切な話って何」
私の声はどこを這っていくのだろう。声が海に吸い取られようで、話すのも黙るのも苦しかった。この海はいったいどこから来たのだろう。太平洋は今やもっとも危険な陸路だ。ここに寄る波は地底を這いまわり、風も知らずに私に寄せてくるのだろうか。そして私たちには、しなくてはいけない話しがあると男はいった。
「大切な話しって」
もう一度問いかける私の背中より遠くから、いきなり数十人の悲鳴が聞こえてきた。連続した鋭い発砲音が響き地下が揺れはじめると、私たちは沈没船から逃げ出すネズミのように走り出したのだった。

私たちは無事逃げられたのだろうか。不思議な夢からさめてさえ、私は男の言いたかったことが気になっていた。




自由詩 沈没 Copyright 月形半分子 2013-11-02 23:41:32
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