玉ねぎの涙
イナエ
秋の夕暮れ
床に漂う冷気に足を漬け
おとこひとりタマネギを剥く
まな板に乗せ 包丁を持ち
玉ねぎの白い肌が
病床の妻に重なって
ためらったおとこから
逃げたタマネギ
床から拾い上げたおとこの手は
タマネギに取られ
まな板にのったのはおとこ
皮を剥かれて
剥き出しになった心
切り離される房状の
涙腺は
微塵に刻まれ
喉に溜めていた昨日の
涙がこぼれ
妻を看た夕べの
嗚咽が流れだし
顔の見えない
女を切りきざみ
心に秘めた玉手箱まで
切りきざみ
笑うタマネギを
眼は睨み
涙が恨み