無題
メチターチェリ

恥ずかしながら私は文学を、身体に流れる血の一滴くらいに思っているので、小説などは家族見立てで評価が辛くなりがちだが、一方でロマンの派生形である優れた漫画やポップスなんかに出会うとわりと手放しに称賛してしまうのである。

今朝メガネが届いた。合成皮革の四角い箱を開けると、中から厚い黒ぶちのメガネが現れ、私はさっそくかけてみる。洗面所に立つと、どうしてなかなか、自分の顔が自分じゃないみたいに今時のおしゃれメガネだ。ネットでメガネを買うのは初めてだったけど、鼻の根の真ん中にきちんとフィットして、これでもうテカッたりカナッたりでずり落ちることもなくなるじゃん、なんてひとりで頭の中ではにかんだ。

台風が日本の近海に近づいているそうなので、電車の中は汗とめまいとひどい湿気でさかったみたいになっている。寄りかからないようにと吊り革につかまって、結露がかった東急田園都市線の景色をながめた。日常なんてのはさ、たなびく霞のように幾重にも無意味な層をなして流れてくんだ。手前のおじさんは疲れた眼を閉じてときどき苦しそうにうなづいている。

市ヶ谷まで乗り継いで、高い街路樹が立ち並ぶ外堀通りを南に歩く。堀の水がときおり強い風になびいて堆積した落ち葉を腐らせた。反対側の通りにはビジネスホテルやモデルルームが入ったシックなビルが建っていて、眺望というドラマを街の真ん中に映しだしている。

最寄り駅までの時間を訊かれて自転車で15分と答えたら最寄りの距離じゃないよと笑われた。けどそのぶん駅までのバス代をもらっているから満足だ。近所には小さな畑があって無人の野菜売り場まであるけど、実際に売っているところは一度も見たことがない。きっと今はシーズンオフなのだろう。

みずほ銀行のATMコーナーでお金を下ろす。建設中のマンションの仮囲いがはためくのをちょっと見る。四谷三丁目駅でハロウィンの格好をした外国の子を見かけて秋を知る。結婚はしたくないけど結婚してる人の話は書きたい。同時に、彼女はいらないけどセックスはしたい。セックスよりもキスが好きだ。

明日少し早く出社してパソコンの前に座っていれば、やる気があるなと上司から褒められるだろう。ついでにメガネ変えたんだ似合うねなんて心にもないお世辞を聞く。私は、今年もドラフト落ちちゃいましたよずっと電話の前で待ってたんですけどねと冗談をかわす。育成枠でなら拾ってもらえるかもと思ったんですけど鳴るのは仕事の電話ばかりで今月なんてついに2万越えちゃいましたまったくたまったものじゃありません。たまったものじゃありませんってキーボードにうちこんでたまったものじゃない朝を迎える。


自由詩 無題 Copyright メチターチェリ 2013-10-28 03:22:00
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