七見ヶ桜駅前
凛々椿


七見ヶ桜駅南口
文具青井堂では、今も子供達がシールに夢中だ。
その向かいのバルMMは、大衆酒場の先代亡き後、修業先のフランスから戻った
息子のヨダ・ツネミが開いた。
町に移り住んだ若者達に人気の店だ。
その隣はカフェ野薔薇。
地元の御曹司が趣味で営む。
彼の作る日替わりクッキーはテイクアウトも可能で、正午には売り切れてしまう、
町の逸品だ。
同じカフェでも、次の角を左に折れた先にある喫茶芝生は戦前からあるカフェーで、
開店当時、この一角は遊郭だった。
裏手にあった老舗のソープランドが唯一、昨年まで営業していたが
現在ではなかよし交通公園となり、当時の面影はもうない。
喫茶芝生には、そのソープランド夕楽の元オーナー、スガワが通う。
芝生のオーナーは三代目のマン・キヨコ、スガワよりも17才年下の64才で、
休店日の火曜日には二人が手をとり町をデートする姿を見ることができる。
二人の間には子供が二人、
長女は5人の母親の傍ら、マカオのリカーショップのワインソムリエをつとめる。
次女ミユは今も17才のまま、町の教会墓地に眠っている。
喫茶芝生の道を抜け、谷田橋を渡った先にはベーカリーもものきがある。
店主のタケイ・ヨウは朝2時に寝床を抜け、5時には至高のブレッドを焼き上げ、
軽やかな朝の匂いを川面にみたす。
7時に、新しい朝が来た、という音楽を流して店を開ける。
65年間この町に住む85才のシンドウ・モトは、4日に一度、6時きっかりにやってきて、
至高のブレッドを待つ。
もものきは、その日は6時半に開店する。
町の人はその日を「モトさんの日」と呼び、有志でモトにホットココアを差し入れる。
タケイ・ヨウの娘婿は、コーヒーの勉強のため、週に一度、喫茶芝生に通う。
ヨウの夫の某は、店の奥でバルタン星人の人形を抱きしめ、モモ、モモ、と撫でている。
某にとってバルタン星人はモモノリである。
息子モモノリは、今も17才のまま、隣町の寺院に眠る。
モモノリの墓前の花が毎日替わっていることに、ヨウが気づいたのは半年前のこと、
捧げているのはバルMMのヨダかもしれない
と思うが、生活が合わず、彼とは未だ話せないでいる。
三軒先の西花苑の店員チカダ・トモコは、ヨダの妻が毎晩花を買いに来ることを知っている。
チカダの旧姓がアオイであることは、誰も知らない。


9月18日午後7時44分、駅構内の南階段でアゲハチョウが死にかけていた。
チカダがその時間にその階段を利用することは、誰も知らない。
そんな時間にチョウが死にかけている原因を、誰も知らない。


翌日、







自由詩 七見ヶ桜駅前 Copyright 凛々椿 2013-10-23 20:37:39
notebook Home 戻る