十月、黄昏
石瀬琳々

十月、黄昏
やさしい人の涙を僕は知らない
誰か呼んでいる (猫の仔のようにか細く)
振り向けば街をすり抜けいつかの風が吹く
頬に触れる、あのなつかしい指先で


   がまぶしくて目を閉じる
痛みを知る時のあざやかさで僕は取り残される
黄昏にひとり、そして何かを待っている


たとえば通り過ぎてゆく風のきらめき
たとえば気まぐれな光の明滅
たとえばまだ見ぬ人のさよなら
たとえばすれ違って別れてゆくだけの


それはきっと物語のはじまりの最初の文字に似ている
あるいはおしまいにある「終わり」ではなく
「続く」のことば


続いている、だから明日もこんなふうに僕は
何かを待ち続けていて
待つことだけがやるせなさのように


十月、黄昏
僕自身のことを僕はまだ知らない
影だけが長くのびて (口笛吹きながら)
帰ってゆく あの角を曲がって
また明日、くちびるでそっと囁いた風の中を




自由詩 十月、黄昏 Copyright 石瀬琳々 2013-10-23 13:30:24
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十二か月の詩集