十月、黄昏
石瀬琳々
十月、黄昏
やさしい人の涙を僕は知らない
誰か呼んでいる (猫の仔のようにか細く)
振り向けば街をすり抜けいつかの風が吹く
頬に触れる、あのなつかしい指先で
がまぶしくて目を閉じる
痛みを知る時のあざやかさで僕は取り残される
黄昏にひとり、そして何かを待っている
たとえば通り過ぎてゆく風のきらめき
たとえば気まぐれな光の明滅
たとえばまだ見ぬ人のさよなら
たとえばすれ違って別れてゆくだけの
それはきっと物語のはじまりの最初の文字に似ている
あるいはおしまいにある「終わり」ではなく
「続く」のことば
続いている、だから明日もこんなふうに僕は
何かを待ち続けていて
待つことだけがやるせなさのように
十月、黄昏
僕自身のことを僕はまだ知らない
影だけが長くのびて (口笛吹きながら)
帰ってゆく あの角を曲がって
また明日、くちびるでそっと囁いた風の中を
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十二か月の詩集