北の亡者/Again 2013神無月
たま
ブランコ
息を吸って
息を吐いて
息を吸って
息を吐く
いつも意識の片隅で
緊張している
生きるために
前脚を出して
後ろ足を出して
前脚を出して
後ろ足を出す
も吉は必死に歩いている
耳も目も遠くなって
鼻だけが頼り
でもブランコの柱は
匂わない
だからゴツン……
さて
わたしはどこまで
生きてきたのだろう
も吉の姿はそう遠くない
わたしの姿
だとしたらそれは
幸せな姿かもしれない
この頃
そんな気がしてきた
犬の時間と人の時間いったい
どちらが退屈なのか
も吉に尋ねてみようか
息を吸って
息を吐いて
息を吸って ほら
秋はもうこんなに深い
(二〇〇〇年作品)
♯
ひとは半世紀も生きれば、様々な生きものたち
の死に出逢うことになる。
わたしが生まれて初めて出逢った死は父の死だ
った。八歳のとき、病室から帰った父が居間の仏
壇の前で横たわっている、その不確かな感触の中
で、からだの芯から凍えきった父の横顔は、わた
しのすべてを拒絶して近づくことすらできなかっ
た。そのとき、わたしを支配したのは父の死とい
う現実のみであって、わたしの感情を揺さぶるこ
ともなく、足早に過ぎ去ってしまった。
泣くこともできなかった父の死を、わたしはず
っと引きずって生きていたのだろう。幾度となく、
肉親や友人の死に出逢うたびに、死というものを
どう受けとめたら泣くことができるのか、という
自意識の壁をわたしは超えることができなかった。
二〇〇一年六月、も吉は十五年の命を閉じて、
北の亡者の元に還った。この「ブランコ」はその
前年の秋に書いたものだけど、「北の亡者」は全
六章あってこれは第六章の最初の作品になる。こ
こからも吉の晩年の作品がつづくが、も吉の死が
わたしの半生を根底から覆すことになることを、
このときはまだ知らずに書いていた。
梅雨明けをもたらす雨が音をたてて降りしきる
夜、も吉は長い前脚をわたしの両手に預けたまま、
まるでこのわたしにお辞儀をするかのようにコク
リ、コクリと三度、頭をふって息をひきとった。
まだ温かいおしっこがお腹のあたりから溢れ出て、
ようやく今生の苦しみから解放されたのだろう、
も吉は乾ききった口をとじて穏やかな顔をみせた。
も吉の死の衝動は父の死を超えて、わたしの頑
なな自意識を木っ端微塵に打ち砕いたのだった。
その夜から数年、わたしは幼い子供のように泣い
て暮らすことになる。そうしてようやく、死の受
けとめ方を知って、生きものたちの死を共有でき
るひとに、なることができた。
北の亡者というテーマが生まれたのは、も吉が
我が家にやってきた明くる年のことだから、も吉
がわたしのために与えてくれたテーマだと信じて
いる。でも、その、も吉はどこで、だれから、そ
のテーマを受けとったのだろうかと、つい考える
ことがあってふと気づいたことがある。
も吉がやってきた年、わたしの年齢は父の享年
と同い年だったのだ。