満月の宵
服部 剛

化膿したにきびをいじる
傷跡が残る 
あわてて薬をぬる

受話器に手を伸ばし 君を励ます
受話器を置いた後 互いの傷口はひろがる

醜く口をひらいた腫瘍しゅようが 闇に 笑う 夜
誰もが越えねばならぬ それぞれの長い夜

  孤独やら
  別離やら
  死への怖れやら
  明日への不安やら・・・

君の傷口にぬる薬がありません
僕の右手は術を知らず
化膿したにきびをきむしるばかり

今夜は数十年ぶりに
いつもより一まわり大きい満月らしい
月光浴に出かけよう 口笛をふきながら
ポケットになけなしの小銭じゃらじゃら
街灯達は僕の方をむいておじぎ

日常に秘められた
なにげない幸せや優しさを
ポケットにつっこんだ右手で
そっと、ぎゅっと・・・
 
まだ持ちこたえる余力はありそうだ

明日出逢う人の震えを
あたためることもできそうだ
 
この両手からこぼれ落ちた
いくつもの夢の名残に
「どうでもいいさ」と言ってみる

胸にうずく腫瘍をもぎ取り
思いきり月夜の彼方へ放り投げる

ぽつんと光る自販機に
小銭3枚入れて ガタン
缶コーヒーをひと飲み
 
淡く照らされたアスファルトの上に立つ
ちっぽけな僕に
今宵 満月は 笑いかける


  * 初出 湘南文学 ’03年 春号(投稿欄)


自由詩 満月の宵 Copyright 服部 剛 2003-11-01 01:10:53
notebook Home