ある雨の憧憬
涙(ルイ)

カーテン開けたら 外は雨降り
こんな日は決まっていつも
君が残していった古いレコード盤に針を落す
心地よいノイズに混じった美しいピアフの歌声に
気だるい気分で僕はもう一度ベッドの中にもぐりこむ
頭からすっぽり毛布を被って
今日はもう誰とも会いたくなくって どこへも行きたくなって
降りしきる雨にすべてを投げ出してしまいたいような
そんなそんな そんな気分だったんだ
   

そういえば 君と会うときは何故だかいつも
雨が降っていたような気がする
待ち合わせだった吉祥寺の駅で
水色の傘をくるくるまわしながら
君は僕を待っていてくれたよね
井の頭公園をぶらぶら歩いていたら
突然どしゃぶりにやられてさ
君ったら何を思ったのか急に傘を投げ出して
きゃっきゃ きゃっきゃ云いながら
まるで水を得た魚のように踊りだしたりしてさ
僕の手を取って 二人馬鹿みたいに雨の中で笑いあった
次の日には二人して風邪ひいて38℃の熱出してさ
あのときの病院の先生の呆れ顔 いまでもよく覚えてるよ


雨が降るといいことがあるのよって 君はよく口にした
君に出会えたから僕も雨が好きだよ
悲しいことは全部ぜんぶ この雨に流してしまおう
聞きたくないことはぜんぶ 雨音がかき消してくれるんだ
そうして天気のいい日には 
二人濡れた心を干しあって乾かしてしまえばいい
太陽は僕たちには ほんの少し眩かった

   
     愛の賛歌っていう歌 知ってる?
     あれ本当は 死んでしまった恋人への嘆き悲しみを歌った歌なのよ


     ねえ もしアタシが死んだら
     アナタ 嘆き悲しんでくれる?
   
     冗談とも本気ともつかない調子でそう君が聞くもんだから
     君がいなくなったら 僕はとても生きていく自信なんてないよってさ
   

     君はふっと笑って アナタは生きてくれなきゃダメよ
     だって アナタが死んでしまったら
     誰がアタシを 思い出してくれるというの?


     ならばもしも 僕が先に死んでしまっても
     君は生きていてくれるんだね
     生きて 僕を思い出してくれるために
    

     そう云おうとして僕は 言葉に詰まった
     君があんまりキレイに笑うものだから
     僕はそれ以上 何も云うことができなかったんだ




それから1ヵ月後の
ある雨の昼下がり
君は新宿のど真ん中のビルの屋上から
飛降りて死んだ


死因はわからない
遺書も残っていない


ただ君が死んだ、という事実だけを
僕のこの胸の中に 強く重たく置き去りにして


ひとりでさっさといなくなっちゃうなんて
あんまりじゃないか
まさか 本当に死んでしまうなんて
冗談だろ 嘘なんだよな
死んだなんていつもの悪ふざけなんだろ
どこか そこらへんに隠れていて
僕を驚かすつもりでいるんだろ
ねえ なあ ねえ ねえってば

本当にもう 君はいないの
僕の前から姿を消してしまったの
飛降りる瞬間 怖くはなかった?
何を思っていたの?
何を思い出していたの?
最後に僕のこと 少しは思い出してくれたの?
死にたいほど辛かったの?
君の上に振り続いてた雨粒は
君をやさしく抱きしめてくれたのかな
雨の日にはいいことがあるのよって
いつか君は云ったよね
自ら死を選ぶことが
君にとってのいいことだったていうの


聞きたいことがあとからあとから出てくるのに
その答えを聞くことは もう二度とないんだって
思い知らされるたびに 打ちのめされてしまうんだ
   


           ねえ もしアタシが死んだら
           アナタ 嘆き悲しんでくれる?


           アナタは生きてくれなきゃダメよ
           だって アナタが死んでしまったら
           誰がアタシを 思い出してくれるというの?






いま ようやくわかった気がするよ
君は誰かの思い出になりたかったんだね
君のために涙を流し 悲しみに明け暮れ
君がいない現実に耐えられず 発狂してしまいそうにさえなってしまう
それほど強く 誰かに思っていてほしかったんだね
だけど だけどさ
君はあまりに急ぎすぎたよ
何をそんなに焦っていたんだい
僕はずっと 君の何を見てきたのかな
結局僕は なにひとつ君のことを解っちゃいなかったってことなのかな
君の肩に降る雨と 僕の肩に降る雨は
いつだって同じ温度だったはずなのに
あの日もこの日もどの日だって
いつだって優しかったはずなのに
北風吹いてたって温かかったはずなのに


ひとりぼっちで見る雨なんて
あまりにも感傷的すぎてやりきれなさすぎるよ
雨音が君の足音みたいに聞こえて
いまにもそのドアを開けて入ってきそうでさ
でも ドアを開けたってもう君がそこにいることはないんだね
この部屋に入ってくることもないんだね




雨脚はさらに強くなってきたよ
ノイズまじりのピアフは
雨によく似合う


君は僕の思い出になってくれたんだね
決して忘れることのない永遠の思い出に




時計の針は午前8時を遠に過ぎている
いまから急いで仕度したって
もう間にあいそうにない
とても間にあいそうにない
だから僕は今日はじめて 無断欠勤をしたんだ



自由詩 ある雨の憧憬 Copyright 涙(ルイ) 2013-10-10 19:11:44
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