「なにしにきたの」
ホロウ・シカエルボク




ただただ夜が
石畳のうえで時を数えていた
ささやき声のような星が
いくつか浮かんでいた薄曇りの零時
駆け抜けて行ったモーターバイクが
どんな行先を目指しているか賭けてみる?
数分間に一回
点滅をしている街灯の近くのフードショップ

軒先で
ひとりの売春婦が暇を潰している
今夜は
もう
客を取る気はないようだ
おれがそばを通り過ぎても
ハーイとは言わなかった
こちらに
だれを抱く気もないことを見て取っただけかもしれない
なんだかんだ言ってもあちらはプロだから
勃起の気配にはとても敏感なのだ
そう
いつのまにか雨は上がっていた
おれは
そのことになかなか気付かなかった
なんども星が出ていることを確認していたのに
どういうわけか
ほかに
なにか
気になっていることがあるわけでもなかった
商店が並ぶみじかい通りの終わりで
知らない街に迷い込んだみたいな気分になる
見飽きた街なのに
どうして?
子猫が一匹
車にハネられて死んでいた
コミックの
驚愕の表現みたいに
ふたつの目玉が飛び出していた
たしかにきみは驚いたのだ
そんな風に自分のみじかい一生が終わりを告げたことに
そっと触ってみると
固くて軽かった
そこにもう脈動がなかったせいだ
街路
街路は
ところどころ
おぼつかない灯りに照らされ
濡れた身体をきらめかせている
もうだれも見当たらなくって
おれは
ただただ歩いている
目的もなく
生き延びた野良猫のように
うろうろと
辺りをうかがいながら
薄暗い路地の
潰れたバーの前で
ひとりの浮浪者が眠っていた
息のある眠りか
息の無い眠りかまでは判らなかった
ただ店の入口に身体をあずけて
静かに目を閉じていた
まるで
その店がいつか開くことを待っているみたいだった
かれは
すべてのクローズに取り巻かれたのだ
きっと
おれは
それを愚かだとは思わない
少なくとも彼には
その人生を生きるだけの意地があった
握らない撃鉄が
いちばん高潔なのだ
街をすっかり出てしまうと鉄道があり
客車の並んでいる倉庫があった
ずっとむかし
あの客車の隙間で
同級生の女の子とセックスした
遠い遠い
遠い昔のことだ
光景ははっきりと思いだせるのに
感触についてはまるで思い出せない
それははねられた子猫のように
固くて軽くなっているだけだった
きっともう
死んでしまっているのだ
破れた柵の隙間から線路に入り
ずっとずっと横切って歩いた
遮るものの無い風が吹きつけるので
街に居る時よりも肌寒かった
もう十月なのだ
失くしていた記憶を取り戻したみたいにそう思った
そんな瞬間には
未来も過去も存在しないものだ
おれは線路を
線路を横切っている
四年目の靴が
敷き詰められた石を踏む音だけが
アフリカの楽器のように
ちいさく聞こえている
そして
街の中よりも風は強く冷たい
あの
同級生の女の子とはどうして別れたんだっけ
そもそもつきあっていたんだっけ
突然そんなことが気になった
そしてまるで思い出せなかった
どうして客車の隙間で
そんなことになるまで高揚したのかなんてことも
線路を横切って柵を越えた
とりあえず
そんな草原が広がっていた
どうして
どうしてここなんだ
生活と
あるがままの世界の境目は
濡れた草を踏みながら歩いた
線路が遠くなると
もう何も見えなくなった
月が出ていたら
もっと見えたかもしれないが
あいにく
今日は出てくる気はないみたいだった
くらやみだった
くらやみの中を歩いた
濡れた草を踏みながら
あのとき
女の子が穿いてた妙な柄のパンティーを突然思い出したりしながら
くらやみのなかだった
たくさんの虫の声がした
なにしにきたの
なにしにきたの
そう鳴いているように聞こえた
なにしにきたんだ
なにしにきたと言えばいい
歩みを止めずしばらくそのことについて考えたが
どんな言葉も思いつかなかった
歩きにきたんだ

ためしに言ってみたが
虫たちは納得しなかった
なにしにきたの
なにしにきたのと
鳴き続けていた
おれは
もう
かれらに答えようとはしなかった
草原を抜けると
でこぼこのフリーウェイに出た
先月
ここでひどい事故があった
ビッグ・トラックが横転して
何台もの車を下敷きにした
四、五人が死んだ
かれらはまだそのへんに居るのだろうか
虚ろな目でぽかんと佇んでいて
そしてきっとおれにこう問いかけているのだ
「なにしにきた」
「なにしにきた」




「なにしにきたの」




自由詩 「なにしにきたの」 Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-10-10 00:55:14
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