先生
葉leaf




国家試験を受けられなくて
例えば人生の終焉などについて
小部屋の中の哲学を啜っていた私に
先生は声をかけてくれた
人生は終わった
人生とそれに接続する世界は終わった
終わったはずの世界が
どうしてこんなにありありと目に映るんだろう
外は5月の新緑
だがそんな生命の新しさ
全ての肯定的な価値
私はそれを受容する器官を失った
先生は還暦をとうに超えていたが
その5月の新緑のように
真っ青なBMWに乗って
勢いよく私を迎えに来てくれた
あいさつをして乗り込む力のない私
腹の底から返される力強い声
先生
あなたはいつまでも若い
あなたの髪はいつでも整っていて
あなたの姿勢はいつでも折り目正しい
あなたの心はいつでも塗り立てのペンキのように
作りたてのパンのように
全てが始まりで終わりなどなかった
先生は私をラーメン屋に連れて行った
ひどく繁盛しているおいしいラーメン屋だった
麺を啜り終わった私は一言
「廃残意識があります」と言った
「敗けるの方か?」
「いいえ廃れるの方です」
先生は私をとあるキャンパスの石碑の前に連れて行った
ウルマンの「青春」という詩が刻まれた石碑だった
「俺は希望を見失うといつもここに来るんだ」
私はもうその若さを讃える詩句に共感するには
挫折を負いすぎていた
キャンパスの銀杏並木には新緑が芽吹いていて
先生はそれを眺めながら言った
「お前みたいだな。若くて、将来があって」
私には全ての光景が自分と異質なものに見えた
帰り道私はぼそっと呟いた
「もう若さとかいいのではないかと思っています」
「何を言っているんだ。妥協するな。前を向け」
「若さにはいい面もありますが悪い面もあります」
「それは未熟さというのだろう」
少し険悪になりながら
それでも先生は私を明るく見送ってくれた
社会を憎んだり
周囲に溶け込めなかったり
試験に適応できなかったり
次々と老いを重ねていった私を
先生はあまりにも鮮やかなハンマーで打ってくれた
そしてただ生き続けるというだけで
まわりの人の夢を伸ばし
やる気を起こし
根源から人を動かす情熱そのものであった
先生は先生であってください
僕は悪い教え子でした
現実と妥協して糊口をしのいでいきます
先生のまいた種はたくさん芽を出しました
僕の中にももちろん
僕はそれを大事にしながら
平凡に歳をとっていきます
先生はいつまでも希望の種をまき続けてください



自由詩 先生 Copyright 葉leaf 2013-10-02 16:05:31
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