故郷神話
イナエ

1 青淵
朝霧を裂いて中空の鉄橋を渡る
電車に積み込まれた多くの人は
もう知らないだろうけれど
遙かに下を流れているこの川に
大勢の人が落ちた

所々にある澱んだ淵に
もぐったままの人が居て
雪解け水が波立ち流れるとき
川の表を掌がひらひら輝き
形の崩れた顔がゆれて叫ぶ

2 家霊
集落を持ち回る石臼で餅をつく脇に
正座して見ていた子供たちが親となって
石臼は物置で杵や釜 蒸籠らと
のし板や筵の影で昔話を繰り返す

築二百年を誇るこの家に
冬の白い月光が注ぐとき
押し入れの奥深く潜む
先祖の打った刀が青い光を放ち
大黒柱に貼り付いた過去が
目を開ける

3 地霊
昭和が終わると人々は
谷川の淵を ダムの豊かな水底深く沈め
土地に張り付いた家々の亡霊や
村の汚れを焼き祓って
コンクリートに閉じ込め
先祖をまとめた墓碑を建て封印した

以来 故郷の閉じた大地は
地中の先祖との邂逅を拒否して

ぼくら町に去ったものたちは
大地に帰ることも許されず
身や足を焼かれても
煙になることも許されず
中空をさまようのだ


自由詩 故郷神話 Copyright イナエ 2013-09-22 22:15:27
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