無口で運転の上手い人
夏美かをる
「お父さんは、いつもむっつりしてたけど
家族は結構大切にしたんだよ。
日曜日の度に色々なところへ
連れて行ってくれたんだから。」
週六日精一杯働いて
やっと巡ってきた休日なのに
体を休めることもなく
父が連れて行ってくれた
動物園や水族館や遊園地
春は公園 夏は海
秋は山 冬は湖
「お父さんは、若い頃トラック野郎やってたから
運転は上手だったんだよ。」
滑らかに移動するその空間はとても心地良く
行きはきょうだい三人で何曲も何曲も歌を歌い
帰りはお互いにもたれかかってぐっすりと眠った
そしてどんな時でも
橙色の三菱ギャランは
着実に私達を目的地まで運んでくれた
そうやってひとつ またひとつ
家族五人が寄り添って暮らしていた玉響に
鮮やかな思い出たちが
彩りを添えてゆき…
やがて家族がばらばらになった時
やはり無口で運転の上手い人と
新しい家族を作る決心をしていた
?お父さんのようなむっつりとは結婚しない?
そんな生意気を言い続けていたのに
八月最後の日曜日
その人が いつも通りむっつりとしたまま
CR-Vを運転している
「疲れたのなら運転代わるけど…。」
「君の運転なんかじゃ 余計リラックスできない。」
それきり弾まない会話
子供達はとうに夢の中で
昼間見たバイソンを絵日記に記している
黄金色に点った杉の木立が
走馬灯のように規則正しく流れて行く
次の瞬間はっと我に帰れば
馴染みのスーパーの灯りが見えてくる
十時間離れていただけなのに
やけに懐かしい街並み
左側には相変わらずむっつりしているだけの横顔
無防備に眠っている
異国から嫁いできた嫁と
まだあどけない二人の娘達の命が
ハンドルを操るその両腕に
重く、限りなく重く
のしかかっていたというのに―