心の運動不足に関する覚書
まーつん

甘いモノばっか口にして
青写真の上で踊らされ
あからさまな嘘に 慣れていく

他人の思惑に乗せられて
自分の声には耳を塞ぐ

そんな生き方が 楽ちんだ
なんて 思っていたけど

どうなのかな

毎日が
穏やかな 晴天ばかりなら
いいけれど 不意の
嵐に襲われたら 

血を流す人を前にして
手を差し伸べようと思っても
どうしたらいいのか わからない

血を見たがる人の刃を
払いのけたいと思っても
どうしたらいいのか わからない

日々 身体を動かすことで
各々の筋肉が 強さを保ち続けるように

慈しみや 怒りという感情も
日々 使いこなしていく必要が
あるんじゃないだろうか

悲しみと
上手く付き合っていくためには
涙を見せることを
恥じてはいけないのかも

怒りに
振り回されないためには
声を荒げることを
躊躇ってはいけないのかも

エネルギー保存の法則ってあるよね
感情だって 押さえつけたって
消えはしないんだ

薬缶の蒸気と同じように
圧力から 逃がしてあげよう

怒りや 悲しみを溜め込んで
ある日 ふとしたきっかけで
手りゅう弾みたいに 炸裂させて

とぱっちりを食らった人々が
生傷をたくさん抱え込む

そんな
臭いモノ(=生の感情)に蓋をして
゛慎み゛を重んじる社会って
どっか 歪んでる気がする

暴れまわるガスを閉じ込めて
ペコペコに変形した
鋼鉄のタンクみたいに
いつかは無理が でてくるんだよ

喧嘩するなら 堂々と そして
気がすむまでやり合ったら
頭を冷やしたら

人間同士で 居続けたいなら
相手の目を見て 握手を交わそう

誰だって ひとりっきりで
生きていける 訳じゃないから

抱きしめたいなら堂々と そして
力いっぱい想いを伝えたら
温もりを感じたら

人間同士で 居続けたいなら
相手の目を見て 手を放そう

誰だって ひとりっきりで
生きなきゃならない 時もあるから

心の運動不足になって
内なる優しさも 怒りも
死体みたいに 朽ちるに任せ
そこから漂う 腐敗のガスが

何も感じず 何も創造できない
自分という人間の器を 内側から
突き崩すぐらいに 腐食するぐらいに
溜まりに溜まって ある日 どっかーん! 


そんなメタボな
メンタリティーに

ならないように
注意しよっと

今までに掛かった どんな医者も
そんなこと 言ってはくれなかったけど 








自由詩 心の運動不足に関する覚書 Copyright まーつん 2013-09-15 13:13:40
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