王国
そらの珊瑚

ある満月の晩、女友達が私の家にやってきた。シャンパンを片手に。何かのお祝い? と尋ねたら「まあ、そんなようなもの」とほほ笑んだ。酔っぱらうと虚言癖のある彼女は「やっとわかったの。わたしは王女さまだったの」と言った。「さて、もう寝る時間よ」といつものように私は取り合わなかった。

ほんとのところ彼女が友達なのかというのはまったくもって疑わしい。彼女の住所や電話番号を私は知らないし知りたいとも思わない。(もっとも友達の定義というものを私は正しくは知らなかった)彼女は平然と人の彼氏さえ盗ってしまうことのできる女なのだ。彼女のルールによると、それは罪ではないらしい。
それでいて何年か後、ちょうどいい具合に過去が薄まった時に、まるでそのことがなかったように私の前に現れるのだ。

朝起きて昨晩は一睡もできなかったと彼女が言う。まるでその不眠の原因が私のせいだといわんばかりの口調で。何かとても寝心地が悪かったの、と。お客様布団まで出してあげたというのに。

彼女がピンクのキャリーバックをがらがらとひきずりながら出て行ったあと、敷布団の下から一枚の紙切れが出てきた。それは私がいつか書いて、書いたことさえ忘れていた詩のかけらだった。
孤独。
それはとてもうすい、のしいかのように成り果てた孤独だった。見方を変えれば、一枚の青い羽だった。本体が飛び去ったあと残されたもの。
昨晩彼女はこんな薄っぺらいものの存在を、その背中であたかも固い石であるかのように感じ取り、結果眠れなかったのだと知る。
彼女はもしかしたらほんとうに王女さまなのかもしれない。失われたどこかの国の。
或いは月の血筋の。

安眠できる寝床に、王女さまがたどりつく日は来るのだろうか。


自由詩 王国 Copyright そらの珊瑚 2013-09-15 11:03:05
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