心の井戸
殿岡秀秋

汲みあげる
言葉になる前の想いが
溶けている井戸水から

丸い壁の井戸の底の水面には
手がとどかない
のぞきこむと
そこには何十年もつきあってきた
おれに似た顔がいる

顔はつぶやこうとして
唇を動かしている
でも水の中なので声にならない

おれは釣瓶を落として
すくいあげる
桶一杯の想いを

それを縁のある広い板に流し込む
陽に乾かしておくと
塩のような結晶がのこる

そのしょっぱいものが
おれの叫びだ
それを壺にためる
財産はそれだけなのだ

井戸の底の顔は
いつも何かささやこうとしている

それを聴きとるために
おれは今日も釣瓶を落す
水面がみだれて一瞬
素顔が跳ねる



自由詩 心の井戸 Copyright 殿岡秀秋 2013-09-15 03:51:11
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