かなしさは夜のなかに
草野春心
かなしさは夜のなかにある。
体育の時間、ぼくはだれともペアをつくれ
ずに、みんなが踊るフォークダンスを眺めて
いた。それは濁った河を渡る水牛を眺めるの
と同じように、退屈なことだったと思う。
ジグソーパズルの欠けたピースは一週間も
したらどうでもよくなってしまう。「鈴虫の
鳴く声を聞きながら、あなたの横に座ってい
るのが好きなの」と彼女は言っていたけれど、
恋とはつまり、長い嘘なのだと思う。
かなしさは夜のなかにある。たとえばそれ
が、眼に見えるものだったら。たとえばそれ
が、手にとってふれられるものだったら。た
とえばそれが、太陽や月と同じように、空の
低いところでぼくたちを見つめているなら。
夜がうたう歌にまぎれて、誰かがぼくを呼
んでいる気がする。けれどもそれはきっとぼ
くが昔、誰かを呼んだ声が、透明な壁に当た
ってこだましているだけなのかもしれない。