かなしさは夜のなかに
草野春心



   かなしさは夜のなかにある。



   体育の時間、ぼくはだれともペアをつくれ
  ずに、みんなが踊るフォークダンスを眺めて
  いた。それは濁った河を渡る水牛を眺めるの
  と同じように、退屈なことだったと思う。



   ジグソーパズルの欠けたピースは一週間も
  したらどうでもよくなってしまう。「鈴虫の
  鳴く声を聞きながら、あなたの横に座ってい
  るのが好きなの」と彼女は言っていたけれど、
  恋とはつまり、長い嘘なのだと思う。



   かなしさは夜のなかにある。たとえばそれ
  が、眼に見えるものだったら。たとえばそれ
  が、手にとってふれられるものだったら。た
  とえばそれが、太陽や月と同じように、空の
  低いところでぼくたちを見つめているなら。



   夜がうたう歌にまぎれて、誰かがぼくを呼
  んでいる気がする。けれどもそれはきっとぼ
  くが昔、誰かを呼んだ声が、透明な壁に当た
  ってこだましているだけなのかもしれない。




自由詩 かなしさは夜のなかに Copyright 草野春心 2013-09-13 12:29:13
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