かぶと虫になる
春日線香
かぶと虫になったわたしが
瓷に頭をつっこんで蜜を吸っている
西日も射さない土間の隅で
瓷の縁に手をついて蜜を吸っている
本当はこんなこと許されていなくて
惨めでたまらないのだけど
もうかぶと虫になってしまったのだから
ほかに手立てはないのだ
誰か大急ぎでやってきて
そんなことやめろと言ってくれたらいいのに
大きな漬物石をぶつけて
邪魔な角を叩き折ってくれたらいい
そしたら喜んで縁日に出かけられる
古ぼけた瓷なんぞ放り出して
とろけたさぼてんみたいな蜜から逃れて
髪振り乱して遊びに行ける
ああ、しかしそうは言っても
祭りのにぎわいをあとにして
神社の裏手の森で
存分にくぬぎの汁も味わいたい
地下から汲み上げた
新鮮な飲料を飲み干したい
●にんげんの心はほんとうにめんどくさいんだ
ひんやりと冷たい瓷にしがみついて
六本足はわきわきとうごめき
一舐めごとに
虫の世が開けていく