アキちゃん
そらの珊瑚

引越しが落ちついて
さあどこかに食べに行こうという算段になり
歩いていける距離といえば
とんかつかフランス料理風か喫茶店かお好み焼きだった

「お好み焼きアキちゃん」は
とびきりの笑顔のふくよかなおばさん一人が
自宅の一部を店舗として切り盛りしているらしかった

そこでお好み焼きというのは
いわゆる広島風お好み焼きのことで
それを知らない私はうどん? そば? と言われ
そば? にほんそば? と聞き
アキちゃんにやきそばめんのことよ〜って笑われた
だんなも一緒に笑っていたのにはムっとした

それから一人の昼食にさみしくなると
アキちゃんに行った
とりたててお好み焼きは好きでもないし
その店が特別美味しいからでもなく
誰も知らない土地で
またいちからやっていかなくてはならないということに
マラソンする前から息切れしてしまった私は
最初に見つけた笑顔が見たくなっただけのはなし
たとえそれが営業スマイルであろうとなかろうと

アキちゃんは十年前に
乳がんの手術をしたそうで
右のおっぱいぜんぶとったって言う
Dカップはありそうな右の胸は
そのあと作ったものらしい
Tシャツの首を広げて
なんのためらいもはじらいもなく見せてくれた
ブラジャーもないそこは
とても美しく張っていて
私は泣きそうになった
つくりものよ、とアキちゃんは笑った

その晩洗面所で
だんなの白髪染めをしながら
ほんものと
つくりものの
違いについて考えた

半年してから
アキちゃんという名前は
私が勝手にアキちゃんと呼んでいた人の
娘の名前ということが判明したが
今でも
そのおばさんのことを
私はアキちゃんと呼んでいる


自由詩 アキちゃん Copyright そらの珊瑚 2013-09-09 11:33:36
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