生命の雲
まーつん

マイノリティーよりマジョリティー
迷子になった一匹の魚のように
僕は ゛みんな ゛にあこがれていた

…゛みんな ゛…

なんて 素敵な響きなんだ

軒先に吊るされ
春の息に踊る
鈴の声のように


 (I)


群れ集う魚達が
銀の雲となって

ぐるぐる
ぐるぐると
回り続けている

その恍惚とした
流れるような動き

あっちへゆらり
こっちへゆらりと

碧い海の舞踏室を
気ままに往き来する


生命の雲


(?) 

ざるの隙間から洩れた
一粒の米のように

僕は
゛みんな ゛から
こぼれ落ちた

星雲から迷い出た
流星のように

時空の隙間に滑り込み
暗闇へと堕ちていく
一匹の魚

尾びれからも
背びれからも
自ら進んで
力を抜いて

やがて
ぶつかる水底に
白く輝く平原を見る

それは
荒波に屠られ
潮の流れに噛み砕かれ
雨と海底に降り積もった
無数の海の死者の骨

歳月に洗われ
静けさに漂白された
白無垢の絨毯が

軟着陸した 僕の身体を
やわらかく受け止め
立ち昇る水煙に
むせていると

通り過がりの赤ガニが
ぽこり ぼこりと 泡を吐き
威嚇の鋏を 振り上げた

飛び出た目玉で 睨みつけ
小さな足跡を残しつつ
歩き去っていった

そして
 
 
静寂
 

僕の体を抱きかかえ
じっと座り込んで
動こうとしない
深き海の懐


(?)


そうして
宙を眺めて

どれくらいの時が
経ったのだろう
張りつめる静寂に
心が震え始めたころ
 
腹の下で
砂がむくりと
盛り上がり
アナゴが一匹
顔を出した

「何をしている、お前さん 」

「放っておいて
 僕は一人でいたいんだ 」
 
取り乱した僕を
じっと見つめ返す
年老いた魚の目

「それならもっと
 向こうへお行き
 そこなら誰も
 邪魔しないから 」

(?)

「いやだ あんたが 
 何処かへ行けよ  」

「わしはここを動かんよ
 生まれた時から 住んでるのだもの」

僕はぐるりを見回して
ぶるりと魚体を震わせた

「こんな、
 何もないところに?
 寂しくはないのかい? 」

アナゴはにやりと笑いかけ
歌うように言葉を返す

「必要なものは みんなそろっとるよ
 静けさに薄明り 酸素をたっぷり含んだ水
 朝、昼、晩と にわか雨みたいに降ってきて
 わしの腹を満たしてくれる プランクトンたち 」

「話し相手はいないだろ? 」

「そんなことはない
 おまえさん
 尾びれで砂を叩いてみなよ 」

僕が身体をひねらせて
尾びれでピシリと水底を叩くと
辺り一面 白い砂のあちこちに
ぽかり ぽかりと 穴が開き

たくさんの
アナゴの頭が一斉に
飛び足して 首を伸ばして
くりくりした目で瞬いて
僕を珍しげに眺めると 

口からポコポコ泡を吐いて
声を揃えて 歌いかけてきた

「おーい おーい
 また新入りだ
 家出小僧が迷いこみ
 拗ねた顔してどうしたの?

 親にハタかれたか
 ジャリのイジメか
 気が済むまで泣いたら
 家に帰るが無難だよ
 帰る所があるならね

 無ければここに居つくのも
 勝手だけれど知らないよ
 お前さんの口に合う
 食べ物はきっと
 ここにはない

 俺たちみんな世捨て人
 霞を食らって生きてるからさあ。」

首を揃えて合唱すると
若いアナゴ達や
古株のアナゴ達は
またヒョイヒョイと
てんでに各々の
穴に引っこみ、
砂の下に潜っていった

僕は
ぽかんと開けていた口を
何とか 閉じることに成功すると

「なるほど
 お仲間がたくさんいて
 うらやましいね   」

それを聞いて 
老いたアナゴは
苦々しく笑う

「うらやましい?
 うらやましいって?」

 アナゴの口から泡があふれる

「儂は 今では厄介者さ
 若い奴らには 煙たがられて
 早く死ねばと 思われとるのさ
 食い扶持がひとつ減れば
 残った奴らの取り分は増える
 それに わしの住みかには
 少しばかり
 不思議な霞の 蓄えもある
 そいつを掠め取りたいと
 狙う奴らも多いのさ  」

「不思議な霞?」

「夢の見れる粉さ。年に一度だけ、
 前触れもなく降ってくる
 みんなはすぐに
 舌にのせてしまうが、
 儂は舐めずに
 残しておいたのだ
 それを狙う
 奴らもいる」

僕は苦笑いした

「世知辛い土地柄だね 」

「そうとも
 お前さんがいた所と
 そう変りはせんさ
 彼らを見てごらん  」

アナゴ爺は
顎先をしゃくって
僕らの遥か頭上に
光る渦を巻いている
魚の群れを指し示した

「あれが お前さんが
 逃げ出してきた社会だ

 彼らの周りを見てごらん
 より大きな身体を持った
 サメ達の不吉な影が
 見えるだろう

 あの子たちの中から
 はみ出したものを
 食べてしまおうと
 狙っているのさ

 お前が 羨ましがっている仲間たちは
 仲がいいから 集まっている訳ではないのだよ
 そうではなく、天敵から身を守るため
 恐れから 逃れるために
 身を寄せ合っているに
 すぎないのだ

 そして お前さんのように
 周りの動きに 自分を合わせられない
 不器用な魚たちが 群れの外に迷い出た時
 彼らのための犠牲となって 死んでいくのだ 」

僕は
その言葉を聞きながら
遠くに群れている
同族を見上げていた

揺蕩う水の天蓋からは
雨と降り注ぐ光の矢

銀の鱗を身にまとい
尾びれを打ち振る者達は

喜びに沸き返り
不安に渦を巻き

古い珊瑚の崖が連なる
暗い谷間のはるか上方で

雲霞のように
煌めいていた


 お前さんはここに
 一人になれる場所を見つけた

 目立たない物陰にいれば
 天敵が寄り付くことはないが
 お前さんが望むような
 仲間に恵まれることも
 また ないだろう

 ここに逃げ込んできた者に
 出来ることと言えば 唯
 じっと まなこを閉じて
 深い夢に浸ることだけだ  」

水底の碧い沈黙が
生きようと もがき続ける
僕の本能を締め殺す

老いたアナゴは 
ひょいと 巣穴に潜り込むと
口いっぱいに 白い霞を咥えて
戻ってきた

「腹が減ったろう?」

「それを どうしろっていうの?」

「食べるのさ。
 さあ 試してごらん 」

老いた魚の口から
零れ落ちた 一片の霞
白く輝くそれを 僕は
疑わしげに 口に含んでみた

すると体は 感覚をなくし
視界はぼやけ 霞んでいく

僕は眠気に襲われて
水底に体を横たえた
抗いきれない重みが
両の瞼にのしかかる

「何を食べさせたんだ?」

僕は のろのろと
言葉を絞り出したが

周りに群れ集まる
アナゴたちの気配に
身をよじらせる

彼らの牙が
僕の腹に 尾に
背中にと食い込んできて

鱗を裂き
肉をえぐって
引きちぎり始めた

そうした痛みもまた
遠い何処かで起きている
他人事のように思えて
チクチクとした
針でつつく様な かすかな刺激が
深い 眠りの井戸へと 落ちていく
僕の意識に 追いつけないまま
置き去りにされていった

(V)

目を閉じると 闇の中には
たくさんの星明りがあった

神がばらまいた
宝石箱の中身が

白く刺々しく
輝いていた

それらは
まるで各々の
好き勝手な場所に
浮かんでいたが

やがて互いに
惹かれ合い
引き寄せられていって

一つの雲を
作り上げていった

暗闇の中に身を寄せ合い
互いの光を分け合って
視界の中で少しずつ
輝きを増していく


生命の雲


やがて僕は
気づくのだった

近づいているのは
彼らではなく
僕の方なのだと

それは引力の様に
抗いがたい 何かだった

身を寄せ合う 星々の光は
閉ざされた視界の中で
やがて一つに溶けて

暗闇を押しのけ
空しさを満たし

泡立つ潮となって
押し寄せてきて

僕は
光の中に
飲み込まれていく




光の中に





 


自由詩 生命の雲 Copyright まーつん 2013-09-07 11:12:46
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