九月の雨/赤トンボ
壮佑
九月の雨
今日は雨降り
九月に入って初めてだ
小雨から本降りになると
コーヒーショップの窓の外を
アノマロカリスが泳ぎ始めた
カンブリア紀の海棲生物だ
雨足がさらに増してゆき
ついにどしゃ降りになると
デボン紀の肺魚や三葉虫と一緒に
シーラカンスの群れが泳いでいる
まるで太古の水族館みたいだ
しばらく見惚れていると
雨足がいくぶん穏やかになり
窓の外はイモリやサンショウウオや
カエルのご先祖さんみたいな
怪体な姿の両棲類ばかりになった
さらに見続けていたら
雨がすっかり小降りになった
すると ドスン! ドスン!
T-レックスやトリケラトプスや
ブラキオサウルスなどの恐竜が
駅前広場をのし歩いている
とうとう雨が上がり
空がカラリと晴れ渡ると
どこかで始祖鳥がひと声鳴いて
駅前広場の立木も大通りの街路樹も
カラフルな鳥達でいっぱいになった
囀り声がとっても心地よい
恐竜や両生類はいなくなったし
ずっとこのままだったらいいのに
だけどしばらく経つと
また空がどんよりと曇ってきた
鳥は平凡なスズメとハトだけになり
ヒヒとヒトが腕を組んで
駅前広場の噴水の前を歩いたり
バスに乗ったりしている
元に戻ったんだ
赤トンボ
夕焼け小焼けのコーヒーショップ
実を言うとそれほど
コーヒーが好きなわけじゃない
自らの「在る」を持て余しているのに
どうしていいのかさっぱり分からず
コーヒーでも飲むほかないのだ
趣味や嗜好や気晴らしなんてものは
だいたいそういうことだ
「なんならこんなコーヒーなんか
赤トンボにでもくれてやらあ〜っ!」
ヘンな人がいると思われてはマズイ
すっごい小声で叫んで顔を上げると
視野がこれまでとはまるで異なり
全方向に180度以上広がって見える
複眼による視覚世界?
私が赤トンボになってしまった
すると前のテーブルの女子高生達が
抜き足差し足で私の前にやって来て
人差し指でグルグルやりだした
キュ〜〜〜〜〜〜〜ポトッ
女子高生達はキャッキャ笑いながら
眼を回した私を指でつまんでは
しげしげと眺めて面白がっている
あ、シッポのあたりを撫でられると
あああ、とっても……気持ちいいな
こんなに気持ちがいいのなら
もうコーヒーなんかいらないや
そう思った瞬間ヒトに戻った
「ヘンな人がいるぅ!」
女子高生達は悲鳴を上げながら
店の外へ逃げて行った
なんなんだよ
コーヒーでも飲むか
文書グループ『コーヒーショップの物語』
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