ゴロツキさん
栗山透

ゴロツキおじさんは混乱した

自分がどこに居るのかわからないから
ここからどこへも動けない
あの日々こそ 本当だった頃の最期で
今はおまけみたいなものなのだ うん

くっきりと秋の匂いがする
ゴロツキおじさんは空をみあげた
空にはこまぎれな雲が浮かんでいる
心地いい風が頬を撫でる
嘘みたいな風だ

「旦那さんにね、
口角が下がってきたねって
言われてから口角を
あげるようにしてるの」
彼女はいつもの素敵な笑顔で言った

ゴロツキおじさんは
「そうなんですか」とだけ言った
じゅうぶんすてきですよ、と思った
でもすぐに嫌気がさした

たまにどうしようもなく哀しくなる
湖のほとりでゆっくりと息を吸う
心臓の動く音が聴こえる
水面はゆらゆらと揺れている
「当たり前のことだよ」
何年も昔の自分の言葉を思い出す
いったい何が当たり前なのか

ゴロツキおじさんは
試しに自分の口角をあげてみた
きっとうまくはできていない
あのひとみたいにはできない

「あなたから
優しさを取ったら骨しか残らない」
昔言われたことがある

骨だけ

水面に両手を照らす
しわくちゃの手 爪も伸びている
血の匂いのする指先

骨だけ
になったのだ
うん


自由詩 ゴロツキさん Copyright 栗山透 2013-09-02 17:54:47
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