工場
草野春心
昭和と平成の間にはさまって
押しつぶされてしまったような工場を
眺めながら煙草を一本喫う
犬の散歩をする母子は
怪訝な顔ひとつ見せず通り過ぎる
コンクリートのブロックに座り
芒に似た、けれどもまったく別種の
やせこけた雑草が茂っているのを見つめていると
青いトタン壁に申し訳程度に
取り付けられた扉がかすかに開き
誰かがそっと顔を出しそうな気持ちがする
汗と油に塗れた誇らしげな顔を
野草の名前をもっと
子どものうちに覚えておけばよかった
緑色の、無名の音楽が私を取り囲んで鳴っている
夏の虫と秋の虫が、今だけはとなり合って
原初からの楽譜を必死に追っているのだ
錆の目立つ軽トラックが一台、
ひかえめに走り去っていく
からだのどこかで
少しだけ雨がふっている
でもそれがどれぐらいの強さで
いったいどこにふっているのかは知らない