工場
草野春心



  昭和と平成の間にはさまって
  押しつぶされてしまったような工場を
  眺めながら煙草を一本喫う
  犬の散歩をする母子おやこ
  怪訝な顔ひとつ見せず通り過ぎる



  コンクリートのブロックに座り
  すすきに似た、けれどもまったく別種の
  やせこけた雑草が茂っているのを見つめていると
  青いトタン壁に申し訳程度に
  取り付けられた扉がかすかに開き
  誰かがそっと顔を出しそうな気持ちがする
  汗と油に塗れた誇らしげな顔を


  
  
  野草の名前をもっと
  子どものうちに覚えておけばよかった
  緑色の、無名の音楽が私を取り囲んで鳴っている
  夏の虫と秋の虫が、今だけはとなり合って
  原初からの楽譜を必死に追っているのだ
  錆の目立つ軽トラックが一台、
  ひかえめに走り去っていく



  からだのどこかで
  少しだけ雨がふっている
  でもそれがどれぐらいの強さで
  いったいどこにふっているのかは知らない





自由詩 工場 Copyright 草野春心 2013-09-01 18:09:03
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