お父さん、海へ
平瀬たかのり

 あなた何をそんなにしょぼくれているんですいいじゃありませんか海へ行くっていったってべつに達也くんとふたりっきりってわけじゃないわ男の子七人女の子七人ですよ臨海学校に毛の生えたようなものですよおまけに泊るのは親友の千恵ちゃんのご親戚のおうち安心なさいなおほほほほ

 お父さんはお父さんのまま手にしたビラをじぃっと見つめている
 〈急募・悪の構成員 年齢職歴不問〉

 洋子には楽しい思い出をたくさん作ってほしいわ達也くんと交際するのだって大賛成よわたしそうそう一度家に来たのよあの子洋子の部屋にも入ったけどねお母さん心配するといけないからってずっと戸を開けていたのよかわいいじゃないおほほほほ

 お父さんはもはや何の変態もかなわずビラを見つめ続ける
 〈求む、世界征服をもくろむ同志!〉

 まさかあなたフジュンイセーコーユーなんてこと思ってるんじゃないでしょうねワタシ言われたのよ高校生のとき生活指導の先生にワタシ言い返してやったわ先生そんなコトバ使う人のほうがよっぽどいやらしいですってあの子どうしてるかしらねワタシのファーストキスのあらやだごほんげほんぐほん

 お父さんの脳内ジュークボックスでは先ほどから
 中山美穂デビュー曲「C」がエンドレスで流れたままである
 〈新たな一歩を踏み出したい君に告ぐ!
  アンタこのままでいいのか!〉

 「わたしは脱兎として飛び出しました
 いたたまれなくなったからではけっしてありません
 そうわたしは変わりたかったのです本当の意味で
 悪の手先としての最初の仕事は幼稚園バスを襲撃することでした
 そんなことがどうして世界征服につながるのか
 いささかというよりたいへん不思議でありましたが
 そんな疑問はこの際置いときました
 わたしは親玉および他の黒ずくめ構成員と共に
 あひるさん、ぞうさん、きりんさん、ぶたさん、かえるさん、らいおんさん
 しまうまさん、ひつじさん、おさるさん、ねこさん、かばさんたちが
 みんなで仲良くしている幼稚園バスを
 ぐるっとまるっと取り囲み一斉に乗り込みました
 親玉が運転手を外に放り出しわたしはバスに飛び込みました
 何度も何度も練習させられたイーッイーッという奇声を発しながら
 子供たちは泣き叫んでいます
 親玉は嬉しげにグハハハハハこのバスは我々が占拠した
 おまえたちは世界征服のための生贄になるのだゲハハハハハ
 ほとんどバカですいいえバカそのものです
 でも本気で変わろうと思っているわたしです
 そーゆー疑問を覚えることは許されません
 でも聞こえてきたのです
 お父さーんお父さーんと泣き叫ぶ声が
 見ると女の子でした
 面ざしは洋子とちがいます
 かわいいですでも言っちゃなんだが往時の洋子の方がずっとかわいい
 わたしと目が会いました火がついたように泣き叫んでいます
 そして叫んでいるのですお父さんお父さんと
 問答無用でしたもはや何の疑問も逡巡も躊躇もありませんでした
 増えて消えたわたしにとって親玉も他の構成員も敵ではありませんでした」

 お父さんパワー全開ピンクと青の園児たち黒ずくめ
 ハンドルをギュッアクセルをグギュウッ
 出発進行高速道路いざ進め
 マナムスメはパレオひらひらカレシと手をきゅっ
 そんな砂浜波打ち際なんてばっかやろぉ
 誰が変わるか変わってたまるか洋子
 つーかもっと変わるぞすっげー変わってやるぞ洋子
 BGMは平山みき「真夏の出来事」
 大喜びの大合唱背に受けフルスロットル全速力

 さあ、海へと


自由詩 お父さん、海へ Copyright 平瀬たかのり 2013-08-30 20:46:44
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お父さんと洋子ちゃん