熱帯抱卵節
ただのみきや


ぼくが温めていたのは
翡翠色でつむじ曲がりの卵
アイスクリームにはボートを浮かべ
溺れるふりして幽霊女とキスをする
ポケットに隠した一人分の蠍をひらり
素顔の道化師に変えてご覧に入れましょう


季節の話題は事欠かず
花は咲けども実は結ばず
乱れた心に滑る歯車
オイルにサングラスに岩塩
飛沫を上げて鱒が跳ねる
冷蔵庫に頭を突っ込んだまま死んでいる去年の自分


夏の腰を撫でまわす舌足らずの知識人たち
傷もない球体の内側に立つ自己主張
泳ぎに行きましょうか時代を見失うために
波に研がれた滑らかな石となって
白い泡沫に抱かれましょう
そして尚も拳を振り上げて詠いましょう


踊りながら墜ちて行け
情報の真空の中へ
己の鼓動を聞きながら発芽せよ
子どものように遊びに夢中になって
やさしく残酷に世界を彫刻して
夕暮れに空を切るブランコ詩人の常套句


ぼくが落としてしまったものは
愚直な心と望遠鏡
団扇に隠れて幽霊女とキスをする
遠く五月蠅い車の音
孵るものは白い画用紙
どこまでも真新しく汚せない嘘





自由詩 熱帯抱卵節 Copyright ただのみきや 2013-08-15 21:40:36
notebook Home 戻る