early morning
佐東

1.

○月✕日
今日は朝が来なかった
うちで一番早起きの祖父が
起きて来なかったからだ
その日は一日中
「おはようございます」を
誰も口にしなかった



2.

見張り塔が揺らいでいる
群青の中に墨汁を一滴垂らして
滲んで行く湿った靴音が
遠くから聞こえて来る



3.

ぎい ぎい

単調な揺れを
規則正しく繰り返す
一艘の
はしけ船
船頭は居ない

細長い櫂だけが
黒い水面を
滑らかに切り裂いて行く

朝の訪れを
気付いていない水鳥は
揺られる単調な眠りから
覚めないでいる



4.

指先で
目覚めのコードを
押さえる仕草で
隙間からの風を捕まえた
風は手の中で
小さく震えてはいたが
やがて
息を引き取った

一瞬の中に生きるものは
その形を
留めておく事など出来はしない

手の中の
化石になった風が告げる

思いっきりカーテンを開けた
朝の表面張力が
いまにも溢れそうだ



5.

○月×日
今日は
祖父の一周忌法要がある
一年間開く事のなかった雨戸を
母が開けた
強い光が畳の上で
イレギュラーバウンドする
小さな芥が
しきたりの舞踊を舞っている

祖父の布団があった処に
一年間未使用だったままの
「おはようございます」が
静かな寝息を
たてている




自由詩 early morning Copyright 佐東 2013-07-29 00:36:54
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