インビジブルお父さん
平瀬たかのり

 消えた
 増えて爆発して透けて頭に何かピュンと出して
 今日とうとう消えた

 テーブルの上 虚空に浮ぶコーヒーカップ
 円を描くように回ってたのは香りを楽しんでたのね
 今ゆっくり傾いてるのは飲んでいるからなのね
 前から訊こうと思ってたけれど
 砂糖を四杯も入れるそれはいったいどんな味がするの?

 お父さんあのね
 わたしいま達也くんとつきあってる
 ほら前にお父さんが戦車乗って砲撃したあの子
 達也くんバーンって飛び散っちゃってさ
 わたし泣きながら彼を拾い集めて
 縫い合わせるのにたいへんだったんだよ
 ううん怒ってないだって達也くんその後
 ギュッとわたしのこと抱きしめて
 「おまえのお父さんおもしろいな」って笑って
 わたしもギュッと彼のこと抱きしめて
 「うん とってもおもしろいのよ」って泣いて
 だから達也くんとつきあってるの
 お父さんのおかげだよ
 どうしたのコーヒーカップ小刻みに揺れてるよ?

 今日彼と映画観に行くんだ
 そうそうこの前ね初めて手を繋いだの
 「あったかいね」
 「洋子の手はけっこう冷たい」
 「女の子の手って意外と冷たいんだよ」
 「そうなんだ」
 なぁんてさ
 そういえばお父さん以外の男の人に
 呼び捨てにされたのは達也くんが初めてよ
 ねえお父さんはお母さんと映画観に行ったことある?
 だからどうしたのってばコーヒーカップ
 ガクガクブルブルしちゃってるんですけど

 やだ 見えないんだからお風呂にいたって
 わたし気づかないよね
 待ち伏せする? ゆっくり入ってくる?
 別にかまわないかもしれない
 いやさすがにかまわなくないこともなくはないかもしれない
 あははどっちだよ なんかおっかしいね
 ねえ 何年生までだっけ
 お父さんといっしょにお風呂入ってたの?

 あ もう時間だ行かなくっちゃ
 心配しないで晩ごはんまでには帰ってくるから
 お母さんも知ってるんだ達也くんのことは
 「あの子だったら大丈夫」だってさ
 へへ さすがお母さんだよね
 どうしたのカップ置いて
 まだ残ってるのにもう飲まないの
 あ 持ち上げたやっぱり飲むんだ
 あーあ 震えすぎてばしゃびしゃ零れてるよ
 熱くないの大丈夫?
 ねえお父さん
 今そのコーヒーどんな味がする?
 見えないけど聞こえてるよね
 まあいいや
 じゃあ 行ってきます


自由詩 インビジブルお父さん Copyright 平瀬たかのり 2013-07-17 11:44:09
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お父さんと洋子ちゃん