蘇生
村上 和

確かその夢は
どの方法になさいます?
という女の声から始まった
何にもない病室のような
真っ白な部屋あるいは世界に居た
自殺するなら安楽に逝きたいと
私は服薬を選んだ

ではどちらのお薬になさいます?
と女は青い錠剤が入ったものと
白い錠剤が入ったものの
ふたつの薬瓶を差し出してきた
二択なのかと虚をつかれながらも
毒々しくないからという理由で
私は簡単に白を選んだ

白は沢山飲む必要が御座いますが
あまり苦しみません
青は少量でよいのですが
酷い苦痛を伴います

青など選ぶ者がいるのだろうかと疑問に思いつつ
それでいいです
と白を指差した

近くで見ると一錠の粒が大きかった
オセロの石ほどある

私はなぜか冷静だった
私のいない世界を私は見れないのかと
そんなことをただぼんやりと思っていた

瓶から薬を半分ほど机上に空けて
その一粒にすっと手を伸ばし
ほんの一瞬躊躇ったのち
ひょいと口の中に放った

味はない
普通の錠剤だ
ただ少し大き過ぎて
口の中は不快だった
ぼりぼりと噛み砕いてみる

沢山飲む必要があるとのことだったので
続けざまに二個三個と口の中に放った
ぼりぼりと噛み砕く
死ぬ気配はない

しばらく続けても一向に変化はなかった
ひととき
少し眠たくなったような気がしたが
気がしただけだった
このまま眠気が大きくなって終わるのかな
などと考えてしまったせいで
下らない思考が止まらなくなり
頭は冴えてきた

不意に
たこ焼きのにおいがした
口の中は錠剤でいっぱいだったから
においと口の中の感触との不整合さに
少し頭が混乱した

そういえば
最後の晩餐が無かったな
死刑囚でも選べるのだと
教えてくれたあの映画はなんだっけ
私はクロワッサンがいい
あのクロワッサンがいい

なぜ死ぬのだろうと
今更ながら思った
私は自分の意思で薬を口に入れたのだ

いや、別にいい
明日あなたが笑っててくれればいい
そう思って
少し泣いた

涙を拭おうと
腕を動かそうとしたとき
私はパタリと倒れた

身体に力が入らない
徐々に思考も停止してゆくのが解った
確かに苦しくはない

なぜ何も考えず薬を飲んだのだろう
なぜ死ぬんだろう
あのクロワッサンがいい
明日あなたが笑っててくれればいい
あのクロワッサンがいい
あの

プツンと思考が途切れて
目が覚めた
普通の朝だった

目覚ましはとうに止まっている

眠気眼で散らかった部屋を眺めながら
もう少し
ちゃんと生きようと思った


自由詩 蘇生 Copyright 村上 和 2013-07-13 13:39:57
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