冬に花火はやらない
一尾

私のことを好きだと言ったせいちゃんの気持ちに応えなかったことでせいちゃんの気が少しずつおかしくなっていくのを横でずっと見ていたとき確かに破滅の足音が聞こえていたのに私も意地汚い方だから優れた友人として好きだったせいちゃんの手をうまく離す出来なくて二人で誰も飛ばない大縄跳びを永遠に回しているような時期があった
縄跳びは弧を描いて何度も地面に叩きつけられその度に私とせいちゃんは擦り切れていった互いの好意はカテゴリー・エラーのために上手く実を結ばず歪な根として育つことでしかエネルギーを発散できず関係をよりややこしいものにしていたように思う


せいちゃんは認知の仕方に問題を抱えていたので自分への愛情の単位を破滅で測りたがる癖があり私の手を取っては濁った川に誘おうと格闘していたせいちゃんの為に私は破滅を期待されていた
私はそんなせいちゃんに対し不明瞭に微笑みながら足払いを掛けてせいちゃん一人が転ぶように仕向けていた転ぶなら一人で転ぶが良いと思っていたせいちゃんのことは好きだったが一緒に破滅してあげる気は毛頭なかった私は結構この技が上手かったしかし歪に指を絡めて繋いでいる手は離さないので結果として私も一緒に転ぶ羽目になっていることが常であった今覚えば馬鹿としか言いようがないがその時は何故かその足払いに疑問がなかった


せいちゃんが私のせいでおかしくなっていくのを見ているのは奇妙な気持ちでいったい自分の何がそこまでせいちゃんに働きかけているのか分からなかったけれど私はある種類の人から期待を掛けられやすい性質があって彼らは自分をどこか遠くに浚ってくれそうな存在として私のことを見ているようだったしかし実際の所私は誰一人としてどこかへ運んだことはなくそういったものはみな幻想に過ぎなかった多分せいちゃんも似たような期待を私に掛けていたのではないかと思う


おかしくなったせいちゃんが頻りに死にたがるのを私は許さなかったが死ぬ必要はないと言う一方でそろそろ縄を回す手が疲れているのを感じていた腕が痺れて感覚が無くなっていたあんまり長いこと回しすぎたので指の数本は飛んでいたのかもしれない電車が人身事故で止まるたびにせいちゃんが線路に飛び込んだのではないかという予感を感じるようになったそしてその根源にあるのは恐ろしいことに不安よりも「そうであって欲しい」という希望だった死にたい死にたいと繰り返すせいちゃんに死ぬな死ぬなと言いながら死ぬなという音を発するために口を回すのにも倦んできて途中から早く死ねと言いたかった私の居ない所で一人で勝手に死んでほしかった私の人生からせいちゃんがログアウトしてくれることを切に願ったそれでも不思議なものでまだ手は繋いだままだった


せいちゃんは夢見がちな少女だったので冬に花火をしたいと私にねだった
私も素敵だと思ったので了解したけれど結局花火はしなかった
冬になるたびに花火の約束を思い出す


本当はせいちゃんが固執しているのは「私的なもの」であり私自身でないことはよく分かっていたせいちゃんが好きなのはせいちゃんのために振り回され血を流しボロボロと零れていく強そうに見える存在でありそれは恐らく外から見える私の枠組みだっただからせいちゃんが私のことを好きだというたびにとても虚しい気持ちになったせいちゃんは自分の為に破滅してくれる存在を人生において求めていた自分の為に破滅してくれるなら私でなくても全然よかったのだろうと思うしかし彼女にそれを伝えると泣いて怒っていた私のことが好きでどうしようもなくでも一番になれないから死にたいと叫ぶ娘にお前が愛しているのは象徴としての私でしかないから虚しいだけだと説明している図は振り返ると結構ホラーで身が縮む


せいちゃんの手を放すと決めた時それでせいちゃんが死んでも構わないと思った私が生きのびるためにそれは必要な手続きだったせいちゃんのために破滅なんてしたくなかった私は私が可愛く最早悪人として生きようと思った次に足を掛けるときもう私は転びたくなかったせいちゃんが死んだとしてもそれはせいちゃんの自己憐憫だと思った寧ろ死ねと願った
せいちゃんは時々私を殺したがり私を殺す物語を作って話したその眼はきらきらと輝いていて私自身家に帰った時玄関でせいちゃんが包丁を持って微笑んでいたらどうしようかと本気で怯えていた時期もあったのだが時折見る夢の中では常に私の方がせいちゃんを殺していた彼女が振りかざした包丁を奪い取り私はせいちゃんの心臓を一突きして抉ったその後何故かキスをしている



せいちゃんのために破滅してあげなかった私は多分優しくなかったけれど
もう誰の沼にも晒されたくないんだごめんね
せいちゃんのためにあった私の心の部分はもう全部擦り切れてしまったから
あなたの為に揺らす心臓が私にはもうないよ



冬に花火はやらない


自由詩 冬に花火はやらない Copyright 一尾 2013-07-04 03:41:20
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