日暮れ刻
イナエ

 
路地裏を通り抜ける豆腐屋のラッパは
夕暮れによくにあう

かくれんぼの時間が削り取られて
ひとり帰り ふたり帰り 
隠れたまま鬼から取り残さて
気がつけば夕闇につかまっていた
どこの街角からか追いかけてくる 
トーフーゥ トーフウー
がぼくを家に送り届けてくれそうで
  
  遊びともだちの消えた路地奥に
  小藪の蔭に人待ち顔に立っていたのは
  足を井戸に捕まれた汲み上げポンプ

冬が再び来たような薄ら寒さ 
人さらいに追われるような恐怖
急いで帰った六畳二間の家 
卓袱台のまえに座っている父の
背の大きさ 暖かさ

  帰る家は遠く とおくへ去って
  追いすがって飛び込んで居間
  欄間にかかった父の無表情な写真は
  ぼくの空洞を埋めはしなかった

お休みを言って上がった二階の窓から屋根に出て
睨み付ける金星と目を合わせないように
屋根を伝いミーちゃんっちの
窓をそっとたたいたスリル 

  猫の恋にも似た想い出は空に消え 
  星の無い夜空に窓は開いているが
  手すりには有刺鉄線が絡まって
  
上野動物園裏の人通りのない道を
獣の咆哮をかきわけて家路を急ぐ女ひとり
路傍の祠に手を合わせ 
立ち並ぶアパートの闇に消えた


道は閉じて 帰ることなど出来ない過去
神田川のプロムナードを散策する人影はなく
ビルの根元を流れる哀愁さえも
目をつり上げたクルマが押し退けていく

星の消えた宙を眺めるぼくの前を
手すりを越えた少女がひとり
夜空に落ちていく



自由詩 日暮れ刻 Copyright イナエ 2013-06-27 22:05:53
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