ややあって、黄金のサックスが啓示のように暗闇を裂く。
TAT



























































































 ほとんど手付かずのマルボロが拾ってきた吸いさしの中にあったのはラッキーだった。ボートに寝転がってペットボトルの水を飲む。月の光で調べる限り、湿り気や目立った傷は無い。ライターで軽く身を炙ってから大事に火を付けた。
 川を見ていると何だか京都の賀茂川の河川敷にいるような気がする。毛布を腹まで引き上げて小麦粉袋に手を伸ばす。指にべたつく砂糖とクリームの中から今回登場するのは。月に透かす。エンゼルフレンチ?フレンチクルーラー?よく分からない。分からないなりに食ってみる。甘い。当たり前だ。五個程食ったら気持ち悪くなった。昨日も猫が来てたしそろそろ棄て時かもしれない。見つけた時は嬉しかったが二十キロもドーナツばかり食ってたら本当に本物のミスター・ドーナツになってしまう。寝よう。
 起きると雨が降っていて、橋の下から出る気が失せた。今何時なんだろう?吸いさし袋から長めの一本を見定め慎重に取ろうとするが、やはり幾らかは指が灰にまみれる。便意。定位置で大便をして、水を飲んで本腰を入れて小麦粉袋から当たりを探すがカレーパンもグラタンポットパイも見つからないから諦めて横になった。
 起きたら綺麗な夕焼けだった。ペットボトルが空になっていたので公園に水を汲みに行きたいが人が居ると恥ずかしいので暗くなるまで待とう。煙草も又拾わないと。あと食い物。夕焼け空が暖かい。もっと暖かくなれば良いのに。
 ローソンの時計を外から確認した時は十時二十分だった。丁度良い時間の筈なのに目的の物が無い。ブロック塀の向こうを酔っぱらいが通ってゆく。気配が過ぎる迄待ってから再び作業に戻る。次に破った袋もダイソーのゴミだった。確か先週はここに棄てていたのに。毎晩ここに棄てる訳じゃないのか?諦めかけた時、射竦められたように女が一人ゴミ置き場の入り口に立っていた。目が合った瞬間、睨まれた。やばい。鉢合わせた。脇の下から一気に嫌な匂いの汗が出てくる。耳たぶが急に熱くなる。ややあって、何か言ってくるかと焦ったが女店員はゴミ袋をぶら下げたまま、来た方向に消えていった。
『店長ー!』と叫びながら。
ブロック塀の向こう側からゴミ袋が降って来るのと同時にその声に貫かれた。頭から肩に直撃した袋に傷つく暇も無く、そのゴミ袋を抱えて走って逃げた。
 心臓が破れそうになりながら橋の下まで帰り着いた。上半身を全部使ってゼェハァ呼吸してようやくボートに腰を降ろす。月が何事かとこっちを見ていた。袋の中身は大当たりだった。大人になったらケンタッキーフライドチキンを腹いっぱい食べたいと保育園の頃から思ってたが、今ようやく夢が叶った訳だ。ミスター・ドーナツはもういい。今はカーネル・サンダースに大事な用事があるんだ。ははは。
 冷めたチキンの饗宴から目を覚ますと、また夕焼け空だった。水を飲みカーネルクリスピーとドラムとサイを食って定位置で大をしてからスポーツ新聞を広げた。AVレビューで射精してボートに横になりながら、この橋は本当に快適だ、と思った。そもそもベッドにお誂え向きのこんなプラスチックのボートが土手に棄ててある事が僥倖だ。うとうとしてきて寝て起きると夜だった。和風チキンフィレバーガーとビスケットを食った。大宮の図書館から無期限で借りた本を二冊読んで小便してから寝た。そしてまた燃えるような夕陽。
 カーネルの時はとちったがドナルドへの面会はすぐに通った。両手に一つずつお楽しみ袋を携えて時間をかけて公園で検品を済ませる事も出来た。片方の袋は店内のダストボックスの中身らしく吸い殻や氷と混じったポテトやナフキンで占められていたが、もう片方は厨房専用の袋らしかった。チーズバーガーやビッグマックやベーコンレタスバーガーが薄紙の個包装のまま二十数個も入っていた。翌日以降の玉子の危険性を考慮して、月見バーガーを廃棄する余裕さえあった。ついてる。ペットボトルに水を汲み、公衆便所の紙を盗んでから家路を急いだ。
 不意の雨に見舞われた。













 白地に緑の運送会社の十トンが、不意に横を抜けてゆく。混んできた。すっかり宵に落ちた中国自動車道を照らす月は無い。ホンダ。トヨタ。スズキ。スズキ。ニッサン。ホンダ。日野。アルファロメオ。マーチ。キューブ。マークX。パジェロ。ファイター。キャラバン。シボレー。セブン。スカイライン。列を為すレミングス。前へ前へと進んでゆく自動車達の群れ。まさか明日を目指しているとでも言うつもりか?









ボリュームをひねる。ややあって、黄金のサックスが啓示のように暗闇を裂く。ここから家まで三時間四十五分。ソニー・ロリンズが『アルフィーのテーマ』を演っている間だけは、魔物も近づきようがない。















 やれやれ。またボート泥棒が出た。窓に目をやると依然として夜のままだった。当たり前の話だ。
 なぁ、あれ綺麗だったよな。あの夕焼けを死ぬ前にもう一度見たくないか?ただ寝っ転がって。昇って沈んでまた昇るあの燃える夕陽を。また見たいと思わないか?けれども相手は黙ったままじっとこちらを見ているだけだ。鶏冠に来る野郎だ。
































































































これじゃあまるで首吊り台だ。




自由詩 ややあって、黄金のサックスが啓示のように暗闇を裂く。 Copyright TAT 2013-06-25 22:32:37
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