能動的な夜に反射するものたち
ホロウ・シカエルボク
人は死にます
みんな死にます
老いたり病んだり疲れたりして
どこかへ
行ってしまいます
君だって
僕だって
あそこに居る人だって
テレビの中に居る人だって
穴のあいた船が沈むように
強く引かれた紐が千切れるように
がらんどうの空洞のなかで
歌っている人が居ます
たくさんの音を歌っているのに
なんと歌っているのかは分からない
がらんどうの空洞のなかで
音が響きすぎているからです
もしかしたらそれは
誰かに聞かせるつもりの歌ではないからかもしれません
暮れ時の空に
あちこちに散らばる雲
過ぎて行った台風が
むんとする空気を残して
週末の鎮魂歌
週明けの讃美歌
見送って切った人の名前も
そろそろ
古いものから忘れてしまいそうなこのところ
鈍い天気の下で
新しい落し物を探していました
それはまだ書かれるべきではないというタイトルの詩篇であったり
まだ塗られるべきではないというタイトルの絵であったり
ともかくすべてそういった風に
時期を外したものばかりであるのです
それは路の上に落ちているのではなく
かと言って部屋のどこかに落ちているのでもなく
だからって鞄の中なんかにあるはずがなく
そんなに必要なものなのかと尋ねられたら
正直言って半信半疑で
首を軽くひねってしまうようなものであったりして
奇妙な便所で小便をする夢をよく見ます
和式便所が立てておいてあったり
ひどい高所にあるのに足元の板がぼろぼろであったりというような便所です
なぜか洋式であることはめったにありません
そんな不安定な便所でばかり小便をするのです
もちろんきれいに済んだりなんかしやしません
あちこちに飛び散って汚れたりするのです
昔はそんな夢を見るたび寝小便をしてしまっていたものですが
近頃はさすがにそれぐらいの分別はつくようになったみたいです
高所で足元が不安定という夢もよく見ます
高速エレベーターの床が上れば上るほど床が剥げ落ちて
立てる場所を探さねばならないほどになったり
ひどい岩山を装備も無くただ登っていたり
まるで誰かが夢の中で僕のことを落下させようと目論んでいるみたいな
そんな夢をよく見ます
幸いにしていままでそこから落ちたことはまだありませんが
いつかそこから落ちることがあるのではないかと気が気でなりません
夢はなぜ僕を高いところへ連れていこうとするのか
その夢は嬉しいようでもありまた哀しいようでもあるのです
一匹の弱り切った小さな甲虫を安全靴の爪先でからかっていたら
よろめいて踏み潰してしまった
ぽちり、と小さな音がして
甲虫は僕の体重を受け止めてしまいました
そいつの周りの土だけがすこしだけじくじくとした感じになっていて
ああ、やってしまったと僕は
軽い損失程度の認識でそう呟きました
そこに失われていたのは間違いなく一個の命だったというのに
もうすぐ死ぬところだったんだ
あなたはそう言うかもしれない
取るに足らないことだよというふうに
冷静に
だけど、聞いてください
もうすぐは、いつのことですか
もうすぐは
いつのことですか?
僕の住んでる街からスクーターに乗って一時間余り走ったところに
もう誰も立ち寄ることの無い死に絶えた公園があります
錆びが絡みついて毒虫のような模様になったブランコや
梯子が腐り落ちてもう誰も登れなくなったやぐらなんかがある公園です
展望台だけはまだ生きていて
辺りの山々や谷底の川を眺めることが出来ますが
それが営みであればあるほど
そこに立っていることが怖くなってくるのです
夏には
スズメバチが我が物顔で飛び交うので立ち寄ることが出来ません
一度彼らがチンピラのように飛び回っている姿を
遠くから眺めたことがあります
腐ることの無い死体が
きっと彼らは大好きなんだろうな、と
眠れない夜には喉が渇き
何度も水を飲みに台所へ出向いては
小便を漏らすのではないかと神経質になり
睡魔を中断させて便所へと籠る
悪い流れだろ、と頭の中で誰かが言う
悪い流れだけどいまのところどうしようもないよね、と僕は答える
水を飲むのを止めればいいじゃないかと思うかもしれないけれど
そんなことをしたら結局
朝まで喉が渇いていらいらしてることになってしまう
灯りを落とした部屋の中で
遮光カーテンのわずかな隙間を
流れてゆく能動的な夜を見ていたんだ
生まれて死ぬことを誰かに教えてもらいたくて
そしてそれは時計のように知ることが出来るものなのだろうかって
能動的な夜を見ながら考えていたんだ
能動的な夜はとてもとてもとてもささやかなもので
誰かの誕生日に灯されて消される小さなキャンドルの炎みたいだったよ
そんなとき僕は思うんだ
こんなふうに僕は昼間を生きているのかもしれないって
能動的な夜のように昼間を生きているのかもしれないなって
そう、思うんだ
人は死にます
みんな死にます
老いたり病んだり疲れたりして
どこかへ
行ってしまいます
君だって
僕だって
あそこに居る人だって
テレビの中に居る人だって
穴のあいた船が沈むように
強く引かれた紐が千切れるように
能動的な夜の足音の残響に向かって僕は話しかける
もうすぐは、いつのこと
もうすぐは
いつのことですか